朝日が差し込み目が覚めた。いつもより明るい。 目が覚めると4畳半の部屋に障子越しに朝日が差し込んでいた。時計を見ると6時過ぎ。いくら朝食は7時からといっても早く目が覚め過ぎた。 マスヲが家で寝るときは寝室にかなり厚いカーテンを閉めているため、朝日はほとんど差し込まないから、余計にそう感じた。
部屋のヒーターを点けて、30分ほど布団の中でごろごろしながら少しでもまどろみたいと思ったが無駄だった。 あきらめて、洗顔して荷物を積み込みはじめようと外へ出た。フロントガラスがほんのりと凍っているだけで、表の国道どころか周りにまったく降雪の様子はなかった。 スキー場の方を眺めると青くくっきりとさいた空にきれいな御岳が見えた。
安心しながらも少しだけがっかりして、荷物を積みこんだ。
そうしているうちに朝食時間になった。食堂にいくと、昨日飲みながら話し込んでいた70代と60代くらいの一人旅同士の男性宿泊者がかなり静かに、箸を運んでいた。 長テーブルに隣同士で座っているのだが、昨夜飲んでいたときはお互いに横目で視線を合わせながら話していたのに、今朝はほとんど視線を合わせていなかった。
娘をスキーに誘ったのだが、妻が反対したためにマスヲもひとりでの宿泊でひとりでの食事。手酌でビールをしながら飲んでいるうちに、2人の話が耳に入ってきたが、割って入ろうとは思わなかった。
60代の男性はツーリングで開田高原までやってきたようだった。70代の男性はマスヲと一緒でスキーが目的での滞在のようだった。
初めはお互いに趣味の話を中心に盛り上がっていたが、次第に70代の男性の方が多弁になって言った。彼は他にもいくつかの趣味があるようで、スキーの次に気に入っているのがパラグライダーのようだった。
初めはパラグライダーに興味を持ったきっかけなどを話していたが、次第にお金の話になって言った。
横でマスヲが聞いていても一式道具を揃えたり、フライトするたびにかかる経費がそれなりにかかるなぁ、と思って聞いていた。
「ツーリングもいい趣味ですね」と、60代の相方の聞き方を彼はさっしたのか話題を変えた。
「僕はどうせ乗るならハーレーがいいなぁ」と。
「僕は自分が好きなバイクであれば、国産でも構わないですけどね」 大瓶1本のビールしかマスヲは飲んでいなかったが、少し酔っていたのだろうか。ここまで聞いていると、70代のオジイサンが何かを自慢したがっているとしか感じなかった。
マスヲはそんな昨夜のやり取りを思い出しながら、2人の様子を見ていた。昨夜は気付かなかったが大きな液晶テレビで何か放送されていた。TVの音声も結構はっきり聞こえてきた。
おかみさんが味噌汁とお櫃を運んでくると、何杯かをお代わりをして、朝食を素早くすませて席をたった。
部屋に忘れ物がないことを確認してチェックアウトして、スキー場に向かった。
駐車場に到着したのは、昨日と30分も変わらないはずなのに、車の量が何倍にも増えている。 昨日はリフト券もすぐに買えたのだが、チケット売り場に着いた時にはすでに数十人の列ができていたし、ゴンドラリフトも朝一番から10分以上の待ち時間だった。その待ち時間も10時過ぎまではだんだんと長くなって行った。
この時期のチャオ御岳スノーリゾートの魅力のひとつは、ゴンドラに乗り合わせる人たちとの会話だ。
この時期までウインタースポーツをしている雪バカたちと話をしているとバカはバカ同士のためか意外と話しがあったりして、有益な情報を交換できたりもする。
その日も、20代くらいに見えたボーダーと話していると、昨日の降雪の情報がTwitterやLINEで拡散したので、ゲレンデの客が増えたのではないか、と彼らは言っていた。
自称80近いオジさんとも昨日とのゲレンデの混雑の差が話題になった。 「タイヤを夏用に変えてしまったので、宿から来れるか少し心配でした」と話すと、彼に諭されてしまった。 「俺らの仲間のジイサンたちはみんな車中泊だぞ、おれらより若いやつらが贅沢しやがって」と言いかえされてしまった。「俺らは普段平日組だから今日あまり滑れない分、明日またすべるさ」
イヤミで言ってないのにすぐに気が付いたし、そう言った彼の表情はさわやかに見えた。
マスヲのスキー技術は大したレベルではないけれど、ゲレンデのコンディションが変わってゆく春雪を滑るのも最近は楽しいと思えるようになってきた。
だが、午後になると雪の抵抗が重くなるために、怪我がどうしても増える。 マスヲも昨日、少し左膝を痛めたのでいつもより早い、昼過ぎにゲレンデから上がった。
早めに出発したせいか、GWの割には幹線国道までの道は空いていた。車窓からいろいろな桃や桜や新緑を眺めながら、自分のペースで気持ち良くドライブできた。
その最中に自分の知り合いの女性がよく口にする言葉を思い出した。 マスヲは今までは逆に考えていたが、昨日の雪と今日の晴天のせいなのかもしれないが、彼女の言葉に今日だけはなんとなく同意できた。
「愚痴よりも自慢話を聞く方が嫌だ」、というセリフに。