淡白マスヲのたんぱく宣言 

40過ぎのおっさんのエッセイ。昨日より、今日見たことや感じたことを書きたいと思っています。

祝・淡白宣言継続1カ月企画 自分にとっての架空の読者とは

「作家には架空の読者が必要だ」ということをある作家が書いていた。
 マスヲはむかし、アマチュアながらも何編かの小説を書いていたことがあった。
 だが、結婚してからまったく書かなくなった。理由はいろいろあるが、ひとつは架空の読者がいなくなったこともあるだろう。当時のマスヲにとっての架空の読者は未来の結婚相手だったと今になって推察している。

 マスヲの父が亡くなって3年が経つ。時間の経過とともに、マスヲだけじゃなく母や弟も客観性が増してきているような気がする。
 明確な理由はないが、ふたりと話していると何となく感じるのだ。
 どういう人か最後までわからなかったという、言葉を特に母からは何度も聞いている。
 マスヲはマスヲなりに父親を理解していたつもりだが、過去の会話やエピソードなどを振り返ってみると、確かに父がわからなくなることが多い。

 父は生前、日記を付けていたようだがマスヲは見たことがないし、見ようと思わないがその日記はどうなっているのだろうか。マスヲにとって日記とは個人のもので、他人が見るものではないものだと思っているからだ。

 実は、現在マスヲは妻と娘と別居して4年ほど経過している。妻とのコミュニケーションはある意味、限界を感じているが、娘はこんな父親ではあるがマスヲのことをそれなりにしたってくれている。

 また、マスヲには近所に住む友人に自分の娘より2歳年下の女の子がいるのだが、彼女もなぜがマスヲをしたってくれているようだ。普段は、おにいさんと呼んでくれているがくすぐったくて仕方がない。

 今のマスヲにとっての架空の読者は未来のふたりだ。
 自分の娘と親友の娘が大人になって年を重ねたときに、当時のマスヲのことにまだ興味があったと仮定して、そんなときに読んでもらえたらというのが、今日までブログを書き続けることができたモチベーションになっている。
 一度でもこのブログを読んでくれた読者にも併せて感謝したい。

 ふたりの可愛い読者を持つことができたおかげで、副次的な効果も出てきた。
 書きはじめたころは、小説を書いていたころのように文章を書くこと自体を楽しめるようになったらいいなぁ、と思っていたがその気持ちには十分に取り戻すことができたと、同時に文章を書くことの難しさや厳しさも少しずつ取り戻してきていると思っている。
 また、少しずつではあるが小説も書き進めている。

 たった、1カ月で少々大げさなことを書いたかも知れないが、このブログを通して架空の読者にマスヲのことが少しでも伝わるように書き続けたいと考えているし、ひょっとしたら架空の読者が増えることもあるかもしれないと、なんとなく思ったりすることもある今日このごろだ。