淡白マスヲのたんぱく宣言 

40過ぎのおっさんのエッセイ。昨日より、今日見たことや感じたことを書きたいと思っています。

ニュースソースとしてのインターネット

 マスヲの実家は新聞を購読している。マスヲが子供時代は朝刊だけでなく、夕刊も取っていた。
 小学校時代の高学年の頃だったと思うが、夕刊に毎日掲載されるコーナーについて、今でも中の良い友人とよく話題にしたのを覚えている。
 論説などの重い内容ではなく、軽いテーマのコーナーだった。

 昔から、朝早く起きるのが苦手だったマスヲにとっては、夕刊のほうがずっと馴染みがあった。
夕刊を辞める間際、マスヲは朝早い仕事をしていたので、夕刊が届く時間には家にいたので、配達されるのを楽しみにしていたほどだ。
 そんな楽しみにしていた夕刊の購読を辞めることになったときはショックを受けた。

 その理由はマスヲの弟が東京の私大に進学することになったので、家計への経済的負担のためだ。
 マスヲは当時、社会人。家に僅かながらではあったが食費を入れていたので、余計にショックだった。
 父親は晩酌のときに楽しみにしていた瓶ビールを缶ビールに変えていたし、夕食のおかずが少しさびしくなった気もしていたので釈然としなかったが、父親の缶ビールを飲む姿をみて何となく自分を納得させたことを思い出す。

 マスヲが結婚するときに妻と新聞の購読について話しあったがふたりともズボラな性格のため、読み終わったあとの新聞についての処理が面倒だからという理由で新聞の購読はしないことにした。
 それから今も新聞を取っていない。

 夕刊についてよく話しあった友人とは、今でもよく会って飲みながら話をするのだが、最近の話題の中でニュースをインターネットだけに頼っていると情報が偏ってしまうという話で盛り上がった。
 以前も、マスヲからその話をした気もするが、それが酔っぱらい同士のいいところ。
 すっかりそのことは棚上げされた状態で、その夜のテンションの高い話題のひとつになった。

 どういうことかと言うと、ネットサーフィンをしながらニュースを見ていると自分の都合のいい情報ばかりをいつの間にか集めてしまうということに2人とも気が付いていた。

 それだったら、テレビやラジオでニュース番組を見たり聞いた方が情報の偏りが少ないという結論に達したのだ。
 テレビやラジオは第3者によって、情報のバランスがフィルターされるため、自分で意識しないうちに自分の心地よい情報だけをクリックしているよりはバランスが取れているはずだと。

 マスヲも友人と話す前からそれを自覚していたので、なるべく時間のあるときにニュース番組をぼんやりでもいいから、見るためにテレビのニュース番組を1日にひとつは見るように気を配っているし、友人は家で新聞を購読しているので新聞を読む時間を増やしているそうだ。

 ネットでニュースを見て情報を集めるのは能動的な行為で、テレビやラジオを視聴するのは受動的な行為だと思う。
 一般的に受動的な行為より、能動的な行為の方が世間的には肯定されがちだと思うのだが、情報の取得だけは能動的なことよりも、受動的な方が優れていると考える。
話し上手になるより、聞き上手になったほうが得、とよく言われることも上記のような理由なのかもしれない。

 その点を考えると能動的でかつバランスの取れた情報を取得する方法は新聞がクローズアップされる。
 過去に購読を何回か考えたし、キャンペーンなどの試読をしてみたが、やはりズボラな性格が災いして結局今までは購読にいたっていない。

 以前のプロジェクトでお昼時間に昨日の録画したニュース番組をタブレットとイヤホンを使用して視聴している方がいたが、この方法も情報の偏りを防ぐには有効かもしれないと最初は思った。

 だが、番組を録画すると巻き戻しもできるので早送りもできるので自分が知りたくない情報を早送りし、興味のある情報を何度も見ることができる。
 そのような方法で番組を視聴すると、また情報が偏ってしまう。

 新聞以外の方法でニュースから情報を集めるときには、結局は受け手が意識を高めるしかない気がする。
 今はもうスマフォの普及もあり、インターネットでニュースを見ることを非難や疑問に思うこと自体が時代の流れにそぐわないのかもしれない。
 だが、せめてニュースの受けては情報取得のバランス感覚だけには気を使って欲しいと思うし、マスヲも最近は特に意識している。