淡白マスヲのたんぱく宣言 

40過ぎのおっさんのエッセイ。昨日より、今日見たことや感じたことを毎日書きたいと思っています。

ひとりひとりの人生だから

 マスヲは45歳になった。実は昨日が誕生日だった。
 昨夜参加した総合病院に勤めたときの内輪のOGOB会の中でも、気持ちよく居酒屋のスタッフも含めたみんなに祝福して頂いただけでなく、プレゼントまで頂いた。
 その後には、ある別れが待っていた。
 ここから先が昨日の記事「ポッドキャストと5年ぶりの再会、そして………」からの続きだ。

 マスヲがむかしから時折、遊びに行っていたガールズバーのあるキャストが卒業する日だったのだ。
 彼女はある専門学校に通学し、あるコメディカル職の資格を取得して、来月開院する医院で働くことが内定していたからだ。
 マスヲにとって彼女がどのような存在だったかは後述するとして、そのお店の中でも人気ある女性だったので卒業する当日は混雑することを想定していたから、彼女とゆっくり話せる時間が欲しくて実は先週の水曜日の深夜に遊びに行っていたのだ。

 店に訪れた当初は終電間近な時間のこともあり、マスヲひとりしかお客がいなかったのでゆったりと彼女と話ができた。
 だが、考えることが同じ人間はやはり多いようだった。
 しばらくすると、彼女との少ない時間を大事にしたいと思っているお客が数人来店した。
 当日は店の女性スタッフが彼女と新人のキャストのみだったので、同じビルにある系列店のガールズバーからヘルプを彼女が呼んでくれた。

 お客同士もちょっとした連帯感みたいなものがあったのか、誰がヘルプに来るのかクイズのように想像しながら盛り上がっていた。
 他のお客はマスヲよりも来店頻度が多そうだったので、他のお客の推理の根拠みたいなものも面白く聞いていた。
 ヘルプに来てくれたのはマスヲも名前と顔が一致するロングヘアが綺麗に似合っているキャストだった。
 最近は系列店のほうに多く足を運んでいたので、マスヲがグループで来店したときに誰かが他のキャストを指名したときなどによく彼女がサブやヘルプなどでついてくれていたので知っていたのだ。

 彼女がマスヲについてくれた。1対1で話をするのは初めてだったように思ったし、その時思ったのは彼女がマスヲの記憶の中よりも多弁だったことだ。
 そのことを彼女に伝えるとけっこうおしゃべりな方だと話してくれた。マスヲとそれまで会っていたときは空気を読んで接客をしてくれていたみたいだった。
 彼女とじっくりと話してみると意外な共通点があったりして、意外にといったら失礼だけれど楽しかった。
 彼女と中学校が同じで中学の後輩にあたることや、誕生日が10日ほどしか違わないことなどだ。
 どうしてそんな話になったのか思い出せないが、マスヲの誕生日の日と彼女の誕生日の日にお互いにプレゼントをしあうような話になったのだ。
 先にマスヲのほうが誕生日だったので何が欲しいか尋ねられたが、何でもいいよと答えると彼女は考えてケーキを買ってくれると約束してくれていたのだ。

 じつはOGOB会の時もそのことが少し気になっていた。
 約束してくれた彼女も少し天然なところがあるし、マスヲも約束した時ははしご酒の4件目だったので、それなりに飲んでいたのでマスヲの記憶違いの可能性もあるからだ。
 だが、そのことをこちらから確認するのもなんだか催促しているみたいで、気が引けていたのだ。
 
 居酒屋にいるときに、その系列店のママから何気なさを装った誕生日を祝福するメールが送られてきた。
 そのメールにはプレゼントを約束していたキャストから誕生日を教えてもらったことが書いてあったので、こちらもさり気なくプレゼントのことも聞きやすいので、こちらも返信してプレゼントのことを聞いてみた。
 そういう文面のメールを考えてくれるような何気ない気遣いが嬉しかったが、彼女にはそういうさりげない優しさがあることをこのごろよく思い知らされる。
 すぐに返信があり、約束通りケーキを用意して待っていいてくれることを教えてくれたので、このあとに遊びに行くことを返信した。

 OGOB会のメンバーと居酒屋を出てマスヲと5年ぶりに再会した看護師と最寄りの駅まで話しながら向かった。
 駅に着くと彼女は地下鉄、マスヲは私鉄のために挨拶をして別れた。
 実は居酒屋とそのあとに訪れたガールズバーは目と鼻の先だったのだが、卒業する彼女にちょっとしたお礼を用意していたのでもともと一度家に戻ることを予定していたのだ。
 ただ、OGOB会が考えていたより楽しかったせいか盛りあがって解散した時間が遅くなったことと、いくつかのプレゼントを頂いたために荷物が増えたことだったがどちらも嬉しい誤算だった。

 さて、一度帰宅をしてOGOB会で頂いたプレゼントを自宅に置いて今夜卒業する彼女へのお礼を持って家を出た。
 土曜日とはいえ23時過ぎの都心へ向かう電車の車内は閑散としていた。
 電車から降りて駅の改札からロータリーに向かうと街の照度が少しだけ強くなっている気がした。そんな街の中を足早にお店に向かった。

 まずはマスヲのためにケーキを用意してくれた女性がいる系列店のドアを開けた。
 ママたちに軽くお礼というか挨拶をして当然のように彼女を指名した。
 彼女がケーキを買いに行ってくれたお店はマスヲもよく知っている店で、たまにテレビや雑誌などで取り上げられるような地元ではわりと有名な店だった。
 マスヲの好みがわからないためベーシックなショートケーキとチョコレートケーキとフルーツタルトの3種類を用意してくれていたのだ。3つのケーキからフルーツタルトを選ぶとそれを選ぶと思っていたらしくそんな様子を喜んでいてくれる姿を見ているのも気分が和んだ。
 せっかくだから彼女と一緒に食べようということになり、彼女はチョコレートケーキを選んで一緒に食べた。
 考えたらバースデーケーキを食べたのはいつ以来だろう? 妻と別居してからは無いことは分かっているが思い出せないくらい前だ。
 誕生日を祝ってもらうような歳ではないはずだと思っているが、誰かにバースデーケーキを用意してもらい一緒に食べるというのは今思い返しても新鮮だった。
 
 ゆっくりとケーキを食べながら彼女と話していると、系列店で今日卒業をする彼女を見送ったお客が少しずつ来店してきた。
 たまたま、隣に座ったお客が水曜日に顔を合わせていたのでこちらから挨拶すると、向こうはこちらが先日はスーツだったこともあり、わからなかった様子だったが気が付くと気軽にたわいもない話をしてくれた。
 今日はどのタイミングで行っても系列店の彼女の卒業イベントのために混雑しているのは予想できてはいたが、彼との雑談の中で混雑はしているが、今なら座れないほどではないことを話してくれた。
 そろそろ彼女にお礼のあいさつをしにいくタイミングだと思った。
 エレベータまでケーキをプレゼントしてくれた彼女に見送ってもらって、同じビルの違うフロアにある店に移った。
 
 店のドアを開けると予想通り店は混雑していたが、まだ少し余裕はあったので、カウンターの隅の方に座った。
 そして卒業する彼女に今までのお礼の気持ちとして花束を渡した。

 ここで彼女がマスヲにとってどういう存在だったかを少しだけ説明したいと思う。

 この店に通いはじめた当初、彼女はまだ入店前だった。そのころからしばらくは誰が目当てということもなく、様々なマスヲと仲の良い男同士でたまに顔を出していた程度だった。
 当時、マスヲは今の会社ではない会社に勤めていた。新興市場ながら一応上場会社だったし、以前その会社の社員の方と仕事をした時の印象が良かったので入社出来た当初は喜んでいた。
 だが、ある日のこと大阪と東京が現場になるプロジェクトへの参加を指示された。もちろん、拒否することもできたのだが当時はまだ試用期間中だったこともあって、決めるまでに相当悩んだがそのプロジェクトへの参加を決めた。
 父親が癌の末期で助かる見込みがないことや、自分の1人娘が小さくて可愛かったので離れたくなかったからだ。

 そのかわりに大阪と東京で働く条件を会社と交渉した。月曜日から金曜日までの出張扱いとしてホテルに宿泊することと、週末は名古屋に必ず帰ることだ。

 このプロジェクトはマスヲが参加した中では未だにワースト2だ。
 プロジェクトの様子は過去記事の「まったりとしたGWの1日」に触れているのでこれ以上書かないが、実はプライベートでもショックな出来事が起きていた。

 ただでさえ父の死期が迫り、気を病んでいた状態だったのに妻が娘を連れて突然実家に戻ってしまったのだ。
 マスヲが平日家に居ないので不経済だからというのが彼女なりの表向きの理由だったが、週末になっても彼女は戻ってこなかった。当然、娘にも会えない。

 週末の昼は副業先で働いてその後に父の顔を見に行ったあとは、地元の友人たちとお酒を飲むことが多かった。
 その際の何件か目にこのガールズバーによることが多かったが、彼女が入店したのはちょうどそのころだった。
 その当時もまだ別に指名したりすることもなかったが、彼女と話していた時が一番うれしかったし、気持ちがなぐさめられた。
 一緒に遊びに行ってくれた友人の中で誰がマスヲの好みなのかを勘繰られたが誰も彼女の名前を挙げた友人はいなかったのは今思っても不思議だ。

 マスヲの中学校は地元でもそれなりにやんちゃな学校として有名だったのにも関わらず、彼女の卒業した中学校名を聞いてやんちゃな学校だったことがわかると、そんなことをからかったりするなどのたわいもない話をしていた気がする。たわいもない話しばかりだったかもしれない。

 平日に大阪で仕事をしているときには仕事上でつらいことがあったときなどは何のために仕事をしているのかわからなくなり、全てを投げ出したくなったのは1度や2度ではない。
 そんなときは仕事だけでなく、妻との離婚も同時に考えた。
 だが、週末に名古屋に帰ってきて友人や彼女に会っていると気分が慰められた。

 イギリスでは次のようなことわざがある。

 1. 幸せなときに約束するな
 2. 怒ってるときに返信するな
 3. 悲しいときに決心するな

 悲しい時に投げやりな決心をしそうだったマスヲにとって、このことわざを偶然知ったときにこう考えた。
 離婚はいざとなればいつでもできるが、離婚しても誰も幸せにはならない。プライドが高い妻からは世間体を気にするために彼女からはおそらく離婚を切り出してはこないだろうと。
 それよりもこの状態に耐えて何とか仕事さえ続ければ家のローンを払い続けられる。ローンさえ払いきってしまえばマスヲや妻に何があったとしても娘に住む家だけは残すことができるという前向きな考え方にマスヲは変わったのだ。

 そんな気持ちになれたのも、マスヲがどん底の悲しさのときに彼女を含めた他のキャストたちに慰められていたからだし、マスヲと一緒にその店に付き合ってくれた友人たちのお陰でもある。

 家のローンを払いきることだけを仕事をする目的に切り替えることが出来てからは自分でいうのもなんだが強かったと思う。
 参加していた今まででワースト2のプロジェクトは作業場所が大阪から東京へと移り、週初めと週終わりの移動に時間や体力がかかることもあり、体の調子を崩したり、プロジェクトから離脱する人間が増えていったがマスヲはなんとか東京で常駐する契約が満了になるまでなんとか無事に勤めあげた。
 
 そして、名古屋で仕事をすることになって3日目に病気だった父親が亡くなった。

 それからしばらくして、今の会社の社長から誘われるような形で前の会社を辞めて今の会社に勤めてからはわりと落ち着いた日々を過ごしている。
 今なんとか落ち着いた暮らしが出来ているのは、あのつらい日々を過ごしていたころに何かを投げ出すような決断をしなかったからだと思う。

 だからこそ、彼女と彼女がいたこの店はマスヲにとってどうしても思い入れがあったのだ。

 マスヲには主に最近入店した新人のキャストがヘルプとしてついていた。
 何回か顔を合わせているのでこちらは少し慣れているのだが、店の緊張が高まっているせいか彼女はとても疲れているようだった。

 夜も次第に深まっていき、店を出ていく客よりも訪れる客の方が増えていく。
 ついに店側も訪れる客を断りだしたほどだった。
 そんな中、昨年ここのオーナーが錦にラウンジを出店したのだが、そのラウンジのママや看板キャストはこの店の出身だったので、挨拶に現れた。

 ここでさらに店の雰囲気は一気に変わった。
 ふだんこういうお店はお客をくつろがせるのが目的だとおもうのだが、それが一瞬にして失われた。
 確かにラウンジに移ったここのOGたちにもマスヲはお世話になっていたのだが、昨夜ばかりは違和感ばかりを感じた。
 ヘルプについていた新人だけでなく、もうひとりのキャストや黒服までもが地に足がついていないようだった。

 お客をもてなす側がそんな状況ではお客がくつろぐのは難しいだろう。
 ただ今夜ばかりは今夜卒業する彼女を見送るために来ているお客がほとんどだと思うので、ある程度は我慢していたのかもしれないが、そもそも店の雰囲気についてそんなことさえ感じていないお客もいたかもしれない。

 店側もそんな雰囲気を多少は気にしていたのか、普段はセット料金で精算されるが今夜は途中からのセット料金はサービスすると説明してくれた。

 時間を調べると午前2時を過ぎていたと思う。そろそろ帰ることを決めた。
 マスヲは翌日も仕事だし、ヘルプに徹していた女性や黒服たちの様子を見ているのもいたたまれなくなってきたからだ。

 チェックをお願いするとスタッフたちからお詫びの言葉をもらったが、ある程度このような混乱することは想定していたので、キャストや黒服たちには少しも怒ってはいない。
 それどころか、そんなバタバタしていた状況でも彼女がエレベータまで見送りに来てくれて、記念に写真を2人で取ってくれたこととマスヲの体調をきづかったプレゼントを用意してくれたことが嬉しかった。

 時間も遅かったせいか帰りのタクシーはなかなか見つからなかったし、見つかっても回送や予約車ばかりだった。
 なんとか、逆向きの車線を走っているタクシーを捕まえることができた。

 タクシーの中でまだ店に残っているヘルプのキャストや黒服のことを考えていた。今夜卒業する彼女のために、必死に脇役に徹する彼女らのことを。
 マスヲはなんだか黙っていられなくなり、唐突に運転手に話しだした。
「運転手さんは今までの人生の中で誰かのために主役をゆずったり、脇役に徹したりしたことがありますか」、と。
 こんな酔っぱらいの質問にも運転手は何かを察したのか誠実にこう答えてくれた。*1
「ないですねえ、私は。最近は世の中があまりにもお金中心で動きすぎているから、今の若い人たちは見ていて本当に大変だと思う。そういうことをわりと求められるケースが多いんじゃぁないんですか」
「そうですね」とマスヲもすぐに頷いた。
 そして運転手との会話で自分の中で気持ちが落ち着いた気がした。

 何時ごろどのタイミングで話したのか覚えていないが、新人のヘルプのキャストが今日の昼、11時からあるショッピングモールのフードコートで焼きそばを焼くアルバイトをすることになっていると話してくれたので、マスヲも同じ時間からラーメン屋でバイトをするんだと言って2人で少しだけ笑いあった。
 彼女だけでなく他のキャストや黒服たちなどの裏方の人たちも、たまたま昨夜は、卒業する彼女の記念日のために脇役になったたった1日だったと思いたい。

 最後に、卒業する彼女に対して本来ならずっと年上のマスヲの方が、多くのものを差し出して彼女の方からは少しのものを受け取るのが普通なのに、すっかり逆になってしまって申し訳なかったと思う。
 代わりにマスヲにできることはこれからの彼女の人生がより素晴らしいものになるように祈ることくらいだ。
 そして何よりも次の言葉だけは伝えたい。
 本当にありがとう、そしてお疲れ様でした。

*1:マスヲも酔っていたので多少言葉は違うかもしれませんがニュアンスはこんな感じだったと思う