淡白マスヲのたんぱく宣言 

40過ぎのおっさんのエッセイ。昨日より、今日見たことや感じたことを毎日書きたいと思っています。

クラス会

 先日、ある友人から自分が少し落ち着いたらクラス会を行いたいと言われた。彼は中学校3年生の時のクラスメートでしかも、室長だった。彼の提案にはとりあえず同意した。

 40代の中年だが、今までに小中高のクラス会に参加したことも無ければ、おそらく開催されていないのだと思うのだが誘われたこともない。
 マスヲは今ではツイッターとインスタくらいしかSNSを利用していないが、FacebookmixiなどのSNSを利用すれば今の生活をリア充だと思っている同級生たちとは割と簡単に連絡がとれるかもしれない。
 だが、今の生活に余裕がなかったり、不満を抱えていたり、コンプレックスを持っていたりする人の参加は鈍くなるのではないだろうか。
 あるマンガでクラス会に出て来る人間に対して揶揄する描写を見たことがあるが、それらのことが描かれていた。
 だが、実際にはどうなのだろう?

 ちなみにマスヲと中3のクラスメートで同じ高校に進学し、その後予備校こそは違ったが同じように浪人した友人が二十歳くらいに病気で亡くなっている。
 マスヲは厄年も何とか超えたが、そののち地元のクラスメートの訃報は聞いていないが皆健康に暮らしているのだろうか。

 ちなみに愛知県、特に名古屋を中心とする尾張地方の人間は地元意識が強いために結婚や仕事でもなかなか他県へ移動することへの抵抗が他の地域の人たちに比べると強いようだ。
 なので、同じ学区にそのまま住み続けている可能性は高くないかもしれないが、ある程度近くに住み続けている可能性は高いと考えているがどうだろう。

 卒業以来、会っていないクラスメイトが大半なのでもしクラス会が開催されれば楽しみでもある。
 だが、どれくらいのメンバーと連絡がとれるのかどれくらいの人数が参加してくれるのか、全く見当がつかない。
 なにしろ、マスヲは一度もクラス会を経験したことがないからだ。
 クラス会の代行業なる仕事があるそうだが彼らの経験則によると出席者は3割~4割ほどで、4割を超えるようであればクラス会としては大成功になるらしい。

 最近は、個人情報保護の観点から連絡網や卒業アルバムにも住所や電話番号などの連絡先を掲載しないようだが、そういった状況で卒業したらクラス会を行うことはできるのだろうか。
 マスヲたちの世代では考えられないはずだが、クラス会という言葉自体が無くなる日がくるかもしれない。言葉は生き物なので新しいものが生まれる数だけ消えていくものもあるはずだ。