淡白マスヲのたんぱく宣言 

40過ぎのおっさんのエッセイ。昨日より、今日見たことや感じたことを毎日書きたいと思っています。

2017年最初の忘年会

 昨夜は2017年最初の忘年会だった。小学校からの友人4人と餃子の王将で。中華料理の大皿5品と餃子が食べ放題とアルコールとソフトドリンクの飲み放題90分がついて2500円だが税込で2700円。

 参加してくれた友人の2人はこのblogを読んでくれているようだ。ありがたい。その上、1人には誤字脱字が酷いと忠告してくれた。自分でも後でわかると恥ずかしくなってくる間違いがあるのだが、読者には気になることがわかったので、気をつけたいがどこまで減らせるだろうか。
 また、どうせ今夜のことも文章にするのかと聞かれたので、するつもりだと答えた。

 小学校からの友人なのでお互い30年以上の付き合いになる。特別な話題は無くても顔を合わせてお互いに無事を確認できるだけでも嬉しい。
 20歳前後に同級生が3人亡くなっている。1人は小中学校、1人は中学高校、もう1人は高校が同じでそれぞれ同じクラスになったことがあった。
 同級生を若い時に見送ったことが30代の前半くらいまでは自分の価値観や考え方に影響を与えていたと思う。

 彼らが亡くなってしばらくのころは、墓参りもしていたが最近はまったくしていない。自己弁護になるかもしれないが、人はやはり人を忘れていくのだと痛感する。悲しいけれど。
 その代わりに新しい人と出会い、その中の何人かが自分の中に入り込み影響を受けて行く。当たり前のことだが、会っていない人のことは忘れ去られ、会い続けている人の記憶はどうしても増えていく。

 忘年会の後に家が近い友人との帰り道、缶チューハイを片手で飲みながら自分の子供の可愛さを語っていた。別に酔って言わなければならないほど照れることでもないと思う。
 自分みたいなアウトローな人間でさえ、滅多に会っていない娘を可愛いいと思ってしまうのだから。
 親が子供を可愛いと思うのには理由もないし説明も要らないと思うのだが、一方では子供に信じられない振舞いをする親のことを聞いたり、時には痛ましい事件が起きたことをニュースで知ることもある。
 その度に子供が生まれる前よりも信じられない気持ちになる。

 最近、親への気持ちも変わってきた。父親は亡くなってしまったので母親だけしか健在でないが、自分が娘のことを思っているよりも長い間自分のことを見守っていてくれたことをだんだん実感できるようになってきたからだ。

 自分の今年の忘年会の予定は開催日まで決まっている会が4回。日付は決まっていないが開催が決まっている会が1回だが、今年のサラリーマンが忘年会に参加する平均回数は何回だろう?