淡白マスヲのたんぱく宣言 

アラフィフのオッサンの雑記。夜遊び、芸能ネタ、日常的なことから社会的なことまでを、広く浅く、そして薄い視点で書くので気楽に読んでください。

大人になるということ 【「海月姫」9話の感想】

 昨夜も楽しく見させてもらった。『海月姫』の9話を。シュウマイと湯豆腐をつまみに缶ビールを飲みながら。
 普段家でビールを嗜むときは1本で済ませることが多いのだが、ドラマが佳境のときに飲み切ってしまったので、思わずもう1本プルトップを開けてしまった。

 今週は先週よりは泣かなかった。多少涙が滲んだが。それよりも何故かわからないが爽やかさを感じた。
 オタクの女性グループ、『尼ーず』。彼女たちが少女から大人になろうとして悪戦苦闘する姿に、自分は何かを重ね合わせていたからかもしれない。
 ニートである彼女たちが、主人公である月見を迎えられるように、自立した大人になるための姿にだ。

 作家、山田詠美の言葉で次のような言葉がある。「大人になるということは、成長するということよりもむしろ、成長させるべきでない領域を知ることだ。」
 彼女の小説はそれほどタイプではないが、この言葉は大好きだ。初めて読んだ時から20年近く経っているが、未だに自分の中では色褪せない。
 この言葉を自分なりに解釈すると、自分の中の成長させるべきでない部分を見つけてそれ以外の部分を変えるために進めるようになることが大人になることだと。

 今週はばんばさん演じる、松井玲奈がドラマ中で初めて目を見せた。ばんばさんがあるスキルを発動するために。
 そのシーンを見た要潤のコミカルなリアクションも楽しめた。
 そんなコミカルなシーンも含めて楽しむことができるのも来週限りだ。次回はいよいよ最終回だからだ。

 自分は面白いと思っているが、毎回の視聴率も芳しくないようだが、今週の9話はどうだろう?
 自分のまわりでもあまり見ているという話も聞かないのも少し寂しい。
 それにも関わらず、最終話までカットしないで放送してくれたフジテレビに感謝している。

 ドラマというメディアは最終回で裏切られることが多い気がする。それまでは面白いと思っても最終回でがっかりすることはよくある話。
 だが、『海月姫』には、良い意味でドラマのファンを裏切ってもらえるようなエンディングを迎えて欲しいと願っている。そしていつものように泣かせてもらえるような。

 泣いたあとにはどんな気持ちが残るのだろうか。クラゲロスになるのだろうか。
 主人公の倉下月見演じる芳根京子さんや『尼―ず』たちとも会えなくなる、ロス感に堪える心の準備も始めなければならないのだろうか。