淡白マスヲのたんぱく宣言 

40歳過ぎのオッサンの雑記。夜遊び、芸能ネタ、日常的なことから社会的なことまでを、広く浅く、そして薄い視点で毎日書くので気楽に読んでください。

最終回に名作なし? 【『高嶺の花』最終話の感想】

 今週の水曜日に完結した連続ドラマ、『高嶺の花』。昨日の9話に引き続き、最終話の感想を書き綴りたい。

 今のクールで自分が視聴していたドラマはふたつ。『高嶺の花』と『絶対零度~未然犯罪潜入捜査~』だ。
 はじめは、『高嶺の花』の方が期待していたし、楽しみにもしていた。自分が好きな女優だけでなく、魅力的な女優も多数出演していたし、好きな脚本家である野島伸司が手がけていたからだ。
絶対零度~未然犯罪潜入捜査~』は主人公の井沢範人役の沢村一樹が出演していたことくらいが見始めた動機だ。彼が好きな俳優だったから。
 見始めたら本田翼さんも素敵だと思ったが、石原さとみ芳根京子とは比べられない。

 だが、中盤では『高嶺の花』よりも『絶対零度~未然犯罪潜入捜査~』の方に引き込まれたし、毎週が待ち遠しくなってきた。見始めたとき、お互いの作品の期待値がかけ離れていたのに。
 だが、2作品の最終回で再び自分の評価は入れ替わった。
 自分の母親にある口癖がある。ドラマの最終回に名作なし、というものだ。
 確かに、それにあてはまる作品がドラマ全体では大半だと自分は思う。
 残念ながら、『絶対零度~未然犯罪潜入捜査~』もその言葉に当てはまってしまった。先週の最終回を見終わった後に、悪い意味での消化不良が残ってしまったからだ。

『高嶺の花』は違った。前話の香里奈演じる新庄千秋が峯田和伸演じる風間直人を誘惑するシーンから、ドラマの最後までのほぼ全てが気にいってしまった。こんなに終わり方が気に入ったドラマは、久しぶりだ。
 そんなこともあり、最終話について自分が思って感じたことの一部しか伝えることはできないだろう、きっと。

 このドラマ全体で気になることを少しだけ書くと、ダサい台詞が多々あることだ。気にいっている最終話でもいくつかあった。
 だが、それはドラマの枠を超えているものを作家が受け手に対して伝えたいことが原因ではないかと、最終話を見ていて気がついた。
 映像と俳優の台詞とナレーションで構成されるドラマや映画などの映像作品は、登場人物の心理描写が難しいからだ。小説や漫画に比べて。
 そんなことを、このドラマで気づかされるとは思ってもいなかった。

 最後に最終話で気にいった台詞のふたつに触れたい。
 ひとつはきょんちゃんこと、芳根京子が主人公を演じる石原さとみに言った台詞、『愛されてなかった?』。
 この言葉は自身が愛されたことがあると強く自覚していないと、他人には言えないはずだ。芳根京子が演じる月島ななの設定が改めて愛情を注がれて育ったお嬢様だということが伝わってきた。芳根京子の演技力もあって。

 もうひとつは最終話の最後の台詞。エンドロールが流れる中で主人公の月島ももが、『一番大切な人を心に浮かべて』と口にする。
 作家が視聴者にも問いかけているようにも聞こえた。
 今、自分にとって一番大切な人は誰だろうと、柄にもなく考えてしまった。うっすらと涙を浮かべたオッサンが、テレビの前で。