淡白マスヲのたんぱく宣言 

アラフィフのオッサンの雑記。夜遊び、芸能ネタ、日常的なことから社会的なことまでを、広く浅く、そして薄い視点で書くので気楽に読んでください。

多汗症の治療を勧められた

 昨日、仕事帰りに皮膚科の診療を受けた。左足の左甲部の腫れと痒み、両掌と指先に痒みが発症したからだ。左手の指先には水泡も、出来てしまった。
 足だけ、手だけの症状であればそれほど気にならなかったが、手足の症状が自分にはリンクしているように思えたし、何か悪い感染症にでもかかったかもしれないと考えたからだ。

 帰宅時にいつも降りるひとつ前の駅で下車した。駅構内から続きになっているビルを歩くと、歯科と皮膚科が並んでいる。
 皮膚科のドアを開けると、月曜日ということもあってかクリニック内は結構混雑していた。
 だが、患者ひとりひとりの診察が早い。診察室内に呼ばれた患者は割と早く、待合室に出てくる。自分の診察も考えていたよりも、早く回ってきた。

 診察室内に入ると、初老の男性医師から症状を聞かれたので、靴と靴下を脱いで左足と両手を見せながら、症状を訴えた。
 頭に混じりけのない白髪の医師は、まず次のように言ったのだ。多汗症かと。
 自分はちょっとした違和感を覚えた。そんなことを聞かれるとは思ってもいなかったからだ。
 それでも、正直に答えた。幼少のころから、多汗症であることを。

 医師の見立てによると、左足と両手の症状は関連性が低いと言われた。抗生剤とステロイド系の塗り薬を処方するので、週末までに再診察を受けるように言われた。
 また、手足の症状が改善したら、多汗症の治療を受けることも促された。大学病院への紹介状を書くからと。
 医師によると、今の大学病院では様々な多汗症の治療法があり、それなりに効果が上がっているらしい。
 今回の手の症状も多汗症が関連していることも、否定はできないということを、彼は付け加えた。

 物心をついたころから多汗症の自分。そのせいで、子供のころから、まわりの人間にからかわれたことも多々あった。
 緊張すると、学校の机にちょっとした水溜りのようにも見えるほど汗が溜ったり、テストやプリントなどが汗でよれて弱くなり、弱くなった場所に鉛筆を走らすと紙が破れてしまうことも珍しくなかった。
 そのようなことをネガティブに考えることも、子供のころから稀にはあったが、今ではほとんどなくなった。自分が自分に慣れてしまったことが一番の理由だろう。

 いつも、多少は手が汗ばんでいるので手が乾ききっていることはほとんどない。買い物などで会計をする際に、お札の枚数を数えやすい。
 また、スーパーなどで買い物をした際にビニル袋をめくって口を開ける場合も容易い。

 短所と長所は裏返し。確かに困る場面もあるし、今回の症状が多汗症と関連するならば、今後のことも考えるならば、治療を受けたほうがよいのかもしれないが、迷っている。
 長年、多汗症と共に生きてきたのだから、自分の短所にも愛着を感じているからだ。
 治療を受けるか、もうしばらく考えたい。