季節で一番夏が嫌いだが、今年に関しては夏が過ぎていくことに少し焦っていた。
打上花火を撮影したいと考えながら、撮影に行くことができていなかったから。自分の愛機、E-PL7のライブコンボジット機能を使えば、それなりに撮影できる自信はあったから。
そんなモヤモヤした気持ちを抱えながら、ネットを見ていた今週月曜日の昼下がり、ある情報をキャッチした。豊川市国府駅近くで花火大会があることを。
本来、土曜日に行われるはずだったが、台風6号の接近のために月曜日に順延されたのだ。
このことは今の自分にとってラッキーだった。仕事をしていないので平日でも撮影に行けるし、花火の見物者や撮影者が少ないので、撮影場所の選択箇所が週末よりは多かったはずだから。
早速、花火撮影のために準備を始めると大事なあるものがないことに気がついた。それは、三脚。先日、どこかに置き忘れてしまったことに気がついた。
仕方がないので、家を少し早めの16時過ぎに出て、三脚を買って現地に向かうことにした。
カメラ量販店で三脚を買う際に、ライブコンボジットでの花火の撮影に減光フィルターが必要かを店員に質問すると、要らないと言われたので、ほっとした。写真撮影のための道具への出費が続いているからだ。いくら好きな趣味であるとはいえ。
金山駅から名鉄で国府駅まで特急電車で向かった。考えたら、名鉄本線に乗車したのはいつ以来だろう? もっと言うと、名鉄本線で豊橋方面に乗車したのはいつが最後だったのだろう? 全く思い出せない。
そんなことを考えながら、特急電車に乗っていると意外と早く時間が過ぎた。
国府駅で降りたのは初めてだった。駅員にどちらに歩いていけば花火を見ることができるかを尋ねると、駅から南に向かって1号線を横切っていくことだけは、朧気ながら理解した。
駅の構内を出たところにラーメン屋を見つけた。花火の打上開始は18時30分からだったが、それまでに時間がまだ40分近くあったので、ラーメンで小腹を満たすことにした。撮影中には物を食べる余裕がなくなることを憂慮して。 ラーメンを食べて小腹を満たすと、1号線を横切って目的地に向かった。
初めて降りた駅だったので、土地勘が無いために途中で二回、人に尋ねた。
途中から細い道になったが、一方通行ではなく車の通行量も多かったので気をつけて歩いていくと、目的地である大社神社が見えてきた。
勘の良い人ならその時点で気がついたかもしれないが、自分はまだ打上花火が上がると思い込んでいた。
神社の鳥居をくぐるといくつかの露天が営業の準備をしていた。本殿でお参りしようと奥に進むと、本殿が見えるあたりでそれ以上奥に進めないように壁が作られていた。壁はトタン板などで設営してあり、自分の腰のあたりの高さだった。
本殿を正面にした左脇に、カメラマンが2人三脚を立てていたので、彼らに断って自分もその横に三脚を立てさせてもらった。
そうこうしている内に、花火が始まった。予定の18時30分よりも少し早めに。
ただ、自分が考えていた花火とは違って、手筒花火だったのだ。打上花火を想定していたので、単焦点レンズをカメラに装着していたために、最初はパッとしない構図のまま、シャッターを切り続けた。 隣に居たカメラマンは自分より若かったが、見るからに高価な三脚とカメラを持っていたし、その扱いが様になっていた。自分と違ってさぞかし絵になっている作品を撮っていることが容易に想像できたので、話しかけてみた。この花火はどんな構図で撮ると様になるのかを。
すると、彼は気さくに助言してくれた。ズームレンズで花火師の身体に火の粉が降りかかる様子を捉えることを。
自分は鞄から、望遠ズームレンズを取り出してカメラに装着した。打上花火だと思っていたので、家を出るときにそのレンズを携帯するかを迷ったが、鞄に入れてきて本当に良かった。
レンズを変えてからも、いくつかの点に迷った。主な点は構図とシャッタースピードだ。ただ、次々と花火師たちが手筒花火に火をつけていくので、次第に何とか様になるような作品が撮れるようになった。
ある程度、自分の作品に納得できるようになってくると、知らず知らずの内に気分が乗ってくる。花火が始まった当初は明るかったが、まわりが次第に暗くなっていくに従って、より作品が映えていくので、また更に入り込むようにして、シャッターを切り続けていた、そんな時だった。
自分と自分の左横に居た若いカメラマンの後方に、2人連れの若い女性がスマホを片手に花火を撮ろうとしていた。
まわりはすっかり暗くなっていたので、顔立ちははっきりわからなかったが、感じがよさそうなことだけは、はっきりと伝わってきた。
そんな2人から突然、自分と自分の横にいたカメラマンは話しかけられた。残念ながら逆ナンパではなく、あることの依頼だった。
その依頼とは、指定された花火師の撮影だった。彼女たちは、自分と自分の横にいたカメラマンの写真を後ろから見ていて、頼む気になったのだろう。 せっかくの依頼なので、具体的に要望があるのかを聞いてみた。構図や火の粉が落ちる光跡をどのくらい捉えたいかなどなど。すると、彼女たちは全てこちらに任せてくれると言った。
2人それぞれが違う花火師を1人ずつ指定したので、ボーイフレンドか交際相手ではないだろうかなどと勘ぐっていた自分。横に居た若い彼はどうだっただろう?
彼女たち2人と横に居た若いカメラマンは、撮影した写真を送るためにLINEのアドレスを交換した。
そのことをきっかけに、横にいた彼と自分の距離は急速に狭まった。
彼は地元の工業高校に通っている2年生。写真撮影に慣れていたのは当然で、写真部に所属していることも教えてくれたので、自分も高校時代は放送部に所属していたことを話した。 お互いに最後の花火が終わるまで撮影を続けて、一緒に国府駅まで歩いた。改札をくぐると彼は東、自分は西に向かうために別れた。時間は21時30分近くになっていた。
名古屋に帰るために電車を待っていると、スマホの通知音が鳴った。彼が自分のInstagramのアカウントをフォローしてくれた通知だった。自分もすぐに彼をフォローした。
帰宅するのが遅くなったこともあり、流石にその日は撮影データを触らずに眠った。帰宅途中の電車の中で不要な撮影データを消しながら帰っても、2800枚近くのデータがあった。
昨日は朝から早速、一昨日の撮影データの現像を始めた。彼女たち2人から依頼されたデータを優先にして。
何かと仕事が遅い自分でも、若い素敵な女性からの依頼のせいか、能力以上の力が発揮できたのかもしれない。
9時過ぎには依頼された分のデータの現像を終えて、彼女たちそれぞれにデータを渡すことができた。
すると、2人から感じが良いお礼の返信が届いた。自分のようなカメラマンでも誰かに喜んでもらえる写真が撮れたこと、思ってもいないような人と繋がったことが、花火を撮影できたことよりも価値があったと思っている。