今、風呂上がりにこの文章を書いている。今日は楽しい一日だった。その理由については、おそらく明日の記事で書き綴ることになるだろう。
昨日は今日と違った意味で充実していた。自分の文章表現力では、胸中を表すことができないのが悔しいほどに。正しく伝わらないことを諦めながらも、なんとか書き進める。 今まで知らなかった世界を見ることもできたし、実感することもできた。小さくない達成感もあった。
また、自分のことを知らないはずの誰かが待っていてくれるという不思議な感覚も味わえた。
逆に何を失ったかを挙げるとするならば、すぐに思いつくのは自分の時間と体力だけ。引き換えに得たものの方が、確実に大きかったと言える。
昨日、自分は大きくはないタンクローリー車でお隣の県、岐阜県美濃地方を走り回っていたのだ。
タンクローリー車の積載制限は5,700ℓ。積めるだけの灯油を詰め込んで。
昨日は1日中、灯油の移動販売の仕事をしていたのだ。
前週の土曜日から新たにはじめた副業だったが、1日目は先輩が運転するローリー車の助手席に乗って仕事内容を覚える、横乗りをした。
昨日は午前中こそ、副業先の責任者である所長が助手席に乗って指導してくれていたが、午後からは完全に一人で仕事をした。
自分が担当することになったエリアは岐阜市、関市と美濃市に分かれている。
午前中、所長と一緒に回ったのは岐阜市の外れ。中心部から外れているとはいえ、とても県庁所在地とは思えなかった。
住宅地や空き地のあちこちに看板が目についた。いずれの看板にも不動産屋の名前とともに、売物件であることが書かれていた。
それらの中には、すぐに居住するのは難しいような建物も珍しくなかった。
過疎と高齢化は辺境の地域ではなく、思っていたよりも早いスピードで進んでいるのを一日中、肌で感じた。
もちろん、灯油を移動販売で買う購買層は年配者の割合が高いこともあるのだろうが。
自分がお手伝いさせてもらっている営業所は今年、人手不足。自分が担当することになったエリアは毎冬、誰かが巡回していたようだが今年はなかなか販売できていなかったと聞いていたし、そのことがわかるような言葉をお客さんから何度も聞いた。
お客さんが口にしたのは、愚痴やクレームと言ったものではなかった。来てもらわないと困るという懇願だった。
自分のことを知らない誰かが、自分のことを待っていてくれることを味わったのは、初めてのような気がした。
しかも、それが仕事において味わえるなんて、不思議な気がした。
働くというのは、誰かを出し抜いたり騙したりするのが当たり前のことだと、いつの間にか思っていた。
だが、必要だと思ってくれている人に、自分が売りたいモノを売る。
かつての世の中は、そんなシンプルな関係で成り立っていたのではないだろうか。
それとも今まで自分が従事してきた業界だけが、歪な世界だったのだろうか。
その答えに自分はいつの日か、辿り着けるのだろうか。