現場がミッドランドから伏見のある雑居ビルのタコ部屋に移って1週間以上が過ぎた。
朝の通勤時間はMidlanderのころより、5分ほど短くなった。朝に強くない自分にとって、この5分はありがたい。
だが、不便なこともいくつかある。タコ部屋に出入りするためのセキュリティカードが未だにもらえない。
出勤時や帰宅時などはオフィスの出入りする人間が多いために、誰かについていけばそれほど問題はないが、急にトレイに行きたくなった場合などは具合が悪い。お腹がゲリラに襲われた時などは大変だ。
今のオフィスは某NECがワンフロア全てを借り上げているために、結構広い。エレベータが4基もあるほどのビルのワンフロア。机の数などは数えたことがないが、3桁以上の人間が座って作業できるのは間違いない。
いくつものプロジェクトがその部屋で推進されているために、おかしなルールがいくつかある。
代表的なもののひとつは、それぞれのプロジェクトの機密を守るためという理屈で、エンジニアが歩くルートが決められていることだ。
いろいろな理由があって本来はプロジェクトのブロック毎にパーテーションで区切られるべきだが、間に合っていないという説明をプロパー社員から受けた。
だが、未だにパーテーションが用意される気配はない。用意されるべきものが、用意されない理由を伺いたいものだ。予算かお金か、それとも簡単に口外できないような大層な理由なのだろうか。
自分が作業するデスクは、部屋の出入り口から見ると左手の奥の方になる。デスクの島の中を縫うように歩けば出入口からはすぐだ。
しかし、エアー・パーテーションを意識して歩かなければならないために大回りになる。ちょうどアルファベットの『G』のような感じで周り込まなければならいために、ゆっくり歩くと3分以上はかかる。
もちろん、その分の時間が余分に取られるために生産性も落ちているだろう。
この事務所で働きはじめて数日で、ある恩師のことを思い出した。高校時代の数学の教科担任を。
数学の先生は初老の男性で身長は低かった。とにかく几帳面で学校内の廊下はおろか職員室内でも歩くところが決まっていた。
それだけでなく、教室などの扉を開けるときも手ではなくて、足で開けていた。
当然、生徒たちからは嫌われていたし、他の教師たちも彼のことを授業の余談で面白おかしく話すことがままあった。
ある日、そのことが教頭の目に留まり注意を受けたようだ。その後しばらく彼は、わら半紙を持ち歩いて紙越しに扉を手で開けていた。彼にとっては苦肉の策だったのだろう。
彼のその異様な所作は噂としてあっという間に広がった。呆れた教頭は、彼が扉を足で開けることを許したという逸話があったほどだ。
明日からも見えない壁を意識して仕事をする際に、思い出すことがあるだろう。おそらくもう定年している、恩師のことを。