淡白マスヲのたんぱく宣言 

アラフィフのオッサンの雑記。夜遊び、芸能ネタ、日常的なことから社会的なことまでを、広く浅く、そして薄い視点で書くので気楽に読んでください。

面接、そしてその後に【日帰り二都物語 その3】

 垂水駅に着いた。快速電車が停車する神戸市の駅とは思えないほど、のどかな駅だった。
 出札しようとすると、切符がない。財布、スーツ、スラックスとカッターシャツのポケット全てを確認しても、切符は出てこなかった。
 正直に切符を紛失したことを駅員に話すと適正な料金で出札させてくれた。おかげで、自分の中のJR西日本のイメージが少しだけよくなった。

 12時30分に駅前のロータリーで看護部長と待ち合わせをしていた。ただ、そのロータリーの場所が怪しかった。
 メールでは東口のスタバの前のロータリーと聞いていたが、垂水駅周辺には西口にしかスタバがなかったからだ。
 彼女の勘違いだろうと推測して、西口のロータリーのスタバが見える前で彼女を待っていると、目の前にオフホワイトなワンボックスカーが停まった。

 ウインドウを下げて、乗車することを笑顔で促してくれた看護部著。自分は気分よく、助手席に乗り込んだ。
 彼女に会ったのはほぼ2年ぶり。50代後半にさしかかっているが、実年齢よりも若い。10歳くらいさばを読んでもわからないのではないか。
 彼女には一男一女が居る。長男は今年で31歳。とても、そんな年齢の息子が居るとは思えなかった。

 彼女は自分を寿司屋に連れていってくれた。ランチはご馳走してくれることにもなっていたので、素直に甘えるつもりだった。
 自分が上寿司を注文すると、彼女は気を遣って鱧の天ぷらも追加してくれた。明石が近いので海鮮が美味しいことを、説明しながら。
 もちろん寿司も美味しかったが、それよりも鱧の天ぷらの方が自分の心が踊った。思わず、ビールが欲しくなったほどだ。

 自分の面接は14時から。それまで、病院内にある彼女の執務室でお茶を飲みながら過ごすことになった。
 彼女は看護部長。数百床もある総合病院なので、当たり前のように看護部長室があった。
 地下の駐車場から彼女の部屋まで、どのようなルートで入室したかほとんど記憶にない。
 自分がかつて働いていた病院も、通路が迷路のようになっており、入職したてのころは病院内の行きたい場所に行くのに苦労したのが懐かしい。
 何故、総合病院の通路がわかりにくくなっているかの疑問は、ある小説を読んだ時に氷解した。その小説とは、夏川草介の『神様のカルテ』。映画化もされているが、そちらは見たことがない。

 看護部長室は真ん中に間仕切りがあって、入口側の部屋が彼女専属の事務員が作業するスペースだと教えてくれた。その日は、その事務員がお休みとのことも。
 看護部長が自ら、アールグレイを煎れてくれた。コーヒーよりもそちらを勧めてくれたので、自分は従ったのだ。
 彼女は医療の現場で着実にステップアップして、今や看護部長。一方、自分はたいしたスキルも持っていないシステムエンジニアのままだ。
 だが、そんな自分が彼女に請われて名古屋から遠く離れた神戸まで来ていることが不思議に思えた。
 そんなことを窓から遠くに見える、海を見ながらなんとなく考えていた。

 お茶を飲みながら、どれくらいの収入を求めているかなどを自分に聞いてきた彼女。
 自宅から離れて独り暮らしをすることも考慮に入れて、希望金額を正直に答えた自分。名古屋と神戸を行き来する旅費なども、考えてのことだ。
 彼女は思いきったことを提案してきた。その提案とは、自分が今住んでいる自宅を人に貸すことだった。
 確かにそれも悪くはないアイデアだとは思ったが、その金額を暮らすためのアテにするのは、違った気がした。

 思い出話や冗談の中に、時折そんなシリアスな話題まで交わしていると、あっという間に14時になった。
 当初は看護部長である彼女も含めた4人に面接されることを聞いていたが、直前になって彼女が外れることになった。それを決めたのは、事務方だ。
 面接場所まで看護部長に案内してもらって、面接会場のドアを開けた。

 入室すると手前に一脚のパイプ椅子。その奥に長テーブルに3人が座っていた。右から人事課の課長、事務長、一緒に働くことになるかもしれない、システムエンジニアが並んでいた。
 看護部長から、面接する当人たちが自分を興味津々であることを聞かされていたが、自分は彼らに対してほとんど興味を持てないでいた。椅子に座って彼らと対峙してからも。

 人に請われて遠い街までやってきたのに、彼らからはねぎらいの言葉さえなかったのに驚いた。人として形式的にあっても、おかしくはない言葉なのに。
 聞かれた問答の中で印象に残っているのは、自分については志望動機と転職回数の多さだ。また、職場環境での説明については、事務長自身が院内にどうしようも無いセクショナリズムがあることを、ほのめかしたことだ。
 正直、げんなりした。そんなことを聞かれるとも、聞かされるとも考えていなかったので。

 勤め先を辞める理由は、人それぞれ。自分が正当だと考えていても、他人から見たら不当だとされることもあるはずだ。その前に、他人が他人の立場に成り代わって考えるほど、人は優れていないと思わされることが多くなっている、このごろだが。
 ただ、志望動機については相手を驚かすようなことを自分は考えていたようだ。前の医療法人を辞めてから、ずっと考え続けていたことを自分は口にした。

 自分のITスキルなんてたかがしれている。それでもあえて、マシなレベルだと自己評価できるのは、データ分析や集計などだ。
 医療関係のシステム関連の数ある資格の中で、自分が興味を持っているものがある。それは、診療情報管理士。
 ある程度の規模の病院でこの資格を持っているシステムエンジニアが居れば病院の経営にも役立つし、それどころか日本の厚生医療行政費の圧縮にも貢献できると、自分は考えているし、その意図があってこの資格は設けられたとも考えている。

 既に日本は高齢化社会を迎えているし、このままだと益々社会福祉費が国の歳出の中で割合を高めていくだろう。
 だが、この資格が意図するようなシステムエンジニアが医療現場へ貢献できれば、少しは社会福祉費が抑えられるはずだ。貴重な医者をはじめ、医療従事者を適した現場に配置できるからだ。

 志望動機の答えについて、自分がこの資格取得を考えていることを話すと、自分と一緒に働く可能性があったシステムエンジニアは完全に面食らっていたように見えた。
 見る人が見れば圧迫面接にも見えた、4人の話し合いが終わると人事課の課長に応接室へ促されたので、ソファーに座って待っていた。

 しばらくすると、人事課の課長が一枚の紙を持って入室してきた。
 彼は持っていた紙をこちらに向けて、そっと差し出した。自分がその病院で働く際の条件などが書かれていた。給料の金額とその算定理由も添えて。
 あえて、正確な金額までは書かないが、見るに堪えない金額だった。3月まで自分が受け取っていた額面の半分以下だったことだけは記しておく。

 てっきり、その紙は持ち帰れるものだと思っていたが、駄目だった。それだけでも、相手に対して違和感を覚えた。
 他の人にも相談したいので、写真を撮ることの許可を求めたが、それも前例がないから駄目だと言われる始末。しかも、彼は課長なのに自分で判断できずに、内線電話で誰かに相談してのことだった。
 全く意味がわからない。自分に提示した条件に何か後ろ暗いものがあるとしか、思えなかった。

 彼が背中を少し曲げたまま、部屋を出て行くとぼんやりとしていた自分。多少、現実感を失っていたかもしれない。
 しばらくすると、看護部長が迎えに来てくれた。面接内容や条件などを聞かれたので、小声である程度正直に答えると、彼女は驚いていた。
 事前に彼女が人事と話した際には、全く違った条件だったらしい。

 彼女は勤務中にも関わらず、駅まで送ってくれることを申し出てくれたので、素直に好意に甘えた。
 彼女は車内でも申し訳なさそうな態度を示してくれたし、事務長を中心とした事務方に対しての不満を口にしたが、自分への慰めだった面もあるだろう。
 せっかくこちらまで来たのだから、舞子公園に寄っていくことを、彼女は勧めてくれた。自分もちゃっかりカメラを持って来ていたし、明石大橋を被写体にしたいと考えてもいた。

 途中でアウトレットモールが見えて来た。物欲がそれほどないせいか、今までアウトレットモールに足を踏み入れたことがなかった自分。
 急に見てまわりたくなってきたので、彼女にそのことを告げると駐車場への入口の手前で車を停めてくれた。
 食事のお礼と、彼女がこちらに帰ってきたら再会することを約束して、車を降りた。

 初めて訪れるアウトレットモールは、自分に何を感じさせてくれるのだろう?(つづく)

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初めて訪れたアウトレットモール、三井アウトレットパーク マリンピア神戸