平日の朝、家を出て東へ向かうようになって数ヶ月。
大昔になってしまったが、自分が高校生の通学方向も東だった。
亡くなった父親からは都落ちだと揶揄されていたのが懐かしい。
父と弟は名古屋市内の中心部の伝統ある高校の出身だが、自分は名古屋市から外れた新設校をなんとか卒業した。
客先常住のシステムエンジニアとして仕事をするようになった今も街中で働いていないとそんな気がする。
栄、伏見や名駅近辺では一年以上も仕事をしていないが、
落ちぶれているオッサンエンジニアは田舎でくすぶっているのがお似合いなのだろう。
郊外に向かって出勤するのもたまにはよいこともある。
今朝、東の空が素敵だった。ハンドルを握りながらフロントガラス越しに見えた景色が。
春と夏の朝のいいとこ取りをしたような空だった。遠くの山々には雲や霞がかかっていた。自分が走っている真上には夏らしい青空が広がり、白い雲が浮かんでいた。
はっきりとした日差しが草や木々の緑をより鮮やかに見せていた。
左右のガラスを開けると気持ちのよい風が車内を吹き抜けていった。
ただ、朝の通勤路の流れは淀んでいた。五十日の火曜日、しかも二十五日なのである程度は覚悟していたのだが。
走行車だけでなく歩行者や自転車まで多く感じたのは気のせいだったのだろうか。
いつもよりも車が停まっている時間が長かったせいか、通学している学生に目が入ることが多かった今朝。
分団登校しているある小学生に目が停まった。高学年と思われる女生徒が日傘を差していたからだ。
明らかに彼女は浮いていた。他の生徒たちからも、まわりのロケーションからも。
彼女たちが歩いていたのはバスも通る表通りではあったが片道一車線の田舎道。辺りにはリフレインを写している水田が広がっていた。
のんびりとした雰囲気の中で分団登校していた子供たち。たった一人だけが日傘を差していたらどうしても目立つだろう。
なぜ、彼女は傘を差していたのだろう? 本人の意思だったのだろうか。親の命令だったのだろうか。
子役としてどこかの事務所に所属しているのだろうか。ひょっとしたら既にもう、それなりに知られている存在なのだろうか。
もし、自分がその分団内に居たら彼女にろくなことはしていないだろう。からかうような言動はしても。
アラフィフになっても大人になりきれていないが、子供のころの自分は異性に対しての態度は本当に酷かった。
少しも素直になることもできず、雑に接することしかできない子供だったから。