無敵と言う言葉からはテレビゲームを連想してしまう。ファミコン世代であれば、そんな人も少なくないのではないか。
当時のシューティングゲームやアクションゲームでは定められた条件を獲得すると、制限付きではあるが無敵になるものがいくつかあった。
ファミコンソフトで印象深かったのは『グラディウス』と『スーパーマリオブラザーズ』。
スーパーマリオではスターをゲットすると、一定時間は敵に当たっても大丈夫だった。
コントローラーのbボタンを押しながらダッシュしたものだが、スピードを出し過ぎたためにマリオが谷に落ちたことも一度や二度ではなかった。
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安倍元首相が銃撃された事件の影響は自分の予想とは少し違ってきた。
元首相が英雄に祭り上げられることは想像していたので、国葬が執り行われるのも想定内。
だが、自分は国葬に反対だ。
いくつか理由はあるが、そのうちの一つは吉田茂と安倍晋三が歴史上で同じレベルに評価できるとはとうてい思えないからだ。
未来の学生にとって、吉田茂は覚えなくてはいけない政治家だろうが、安倍晋三はどうなっているだろう?
死に方が衝撃的だったからといって、政治家としての実績がゆがめられるのはどうかとは思う。
元首相を襲ったとされている容疑者の取り調べから、統一教会への注目が高まったのは意外だった。
何を今さらとは思うが、これを機会にこの宗教の問題を少しでも世間が共有できることができれば幸いかもしれない。
容疑者の彼はろくな取り調べも受けることができずに精神鑑定か、もっと別の方法によって口封じが行われるかと考えてもいたことも少し意外だった。
2000年代になってから負け組と自覚する一部の人間の行動が変わってきた。
これまでは未来に希望を持てずに自死を選んでいた彼らは他の方法を選びはじめた。自分を追い詰め、手助けすることもしてくれない社会に復習する方法を。
とても勝ち組とは言えない自分。今よりももっと生きるのが辛くなったら、そんな手段を選ばないなんて自身はあまりない。
一部の識者は彼らのような人たちのことを『無敵の人』と呼び始めた。
無敵と言う言葉がこんな風に使われるようになるとは、ファミコンで亀を踏みつけていたころの自分には想像もできなかった。
『無敵の人』が産まれないような、誰に対しても優しい世の中になればいいのに。
デュワーズのハイボールに酔いながら、ぼんやりと思っている。