淡白マスヲのたんぱく宣言 

アラフィフのオッサンの雑記。夜遊び、芸能ネタ、日常的なことから社会的なことまでを、広く浅く、そして薄い視点で書くので気楽に読んでください。

利他的

 クリスマスイブだった土曜日、目が覚めてカーテンを開けると雪国だった。朝陽が厚い雪雲に遮られて、雪が降り続いていた。

 着替えて車に乗り込むために玄関を出ると、自分が考えていた以上に足が雪に沈んだ。
 車のタイヤをスタットレスへ交換してあったが、今冬の最初の雪道走行が自宅前になるとは思ってもいなかった。

 雪が降り積もる中で営業所に着いたのは7:30。普段よりも30分近く遅れての到着だった。営業所内の敷地が真っ白の中、所長が外で待ち構えていた。
 自分が乗るローリー車のエンジンをかけてくれていたとのことだった。
 積雪で安全な運転に無理があるエリアには侵入しないようにと自分に忠告してくれた。
 一番の安全は出庫しないことだとは思うのだが、そこは会社の利益のために口にできなかったのだろう。

 自宅から営業所までの道でも自分が考えていたよりも多くの走行車を目にしたが、営業車から出庫してもしばらくは同じだった。
 車窓からランニングしている人や自転車に乗っている人が見えたが、正気の沙汰とは思えなかった。

 それでも国道41号線を北上するに従って走行する車は減っていった。
 車で走っていても道路の積雪量が増えているのがわかったので当然だろう。
 岐阜県に入るころからハンドルを握る手にも、さらに力が入った。トラックで雪道を走るのは久しぶりだったから。
 20代の終わりのころに宅配便の集配ドライバーをしていた時にチェーンを巻いて住宅街を走って以来だった。

 ウインタースポーツを愛好しているためにマイカーでは雪道を運転することは珍しくはないが、車など何もかもが違い過ぎた。

 この日に最初にヒヤリとしたのは岐阜県に入ってすぐの下り坂。ブレーキの踏み方が悪くてもう少しでガードレールにぶつかるところだった。そのあとはより慎重に国道41号線を北へ向かった。
 いつも右折する可児市内の交差点に差しかかった。右折したトラックが立ち往生していた。積雪した上り坂だったから滑っていたのだろう。
 自分もそこはリスクを感じていたので、その交差点で曲がることを断念した。回り道になるが仕方がない。

 灯油の巡回販売エリアは団地やニュータウンが多い。どちらも山や高台を造成して作られた場所が多いので、どうしても坂が多い。
 最初の団地の入口では雪が降り積もった登り坂が待ち構えていた。
 なんとか坂を上がりきって、最初の巡回エリアに到着したのは9:00。いつもよりも1時間遅れで辿り着いたが、普段とは景色が全く違っていた。

 巡回を初めるとすぐにお客に呼び止められたので、車から降りるとくるぶしまで足が沈んで雪が靴の中に入ってきた。次に足をどこへ運ぶかを迷ったが、意味がないことをすぐに悟った。

 営業所を出発するときに所長から言われていたことだが、その日は一見さんが多かった。半分以上のお客は初めて見た顔だったのではないだろうか。
 灯油が足りなくなりそうであるようならば常連さんを優先するように、とも。

 所長に言われなくても自然とそんな心情になっていた。
 お客を差別することは誉められないことだろうけれど、いつもよりも苦労して現地にたどり着いているだけに感情的になっていた自分。都合の良いときにだけ、自分を利用しようとした彼らには良い感情を抱けなかった。
 毎週のように少量でも買い続けてくれているお客さんのために、悪路を頑張って走ってきたという自負があったから。

 そんな初めてのお客の中にもこちらへの感謝の気持ちが伝わってくる人が少しはいたし、中にはちょっとしたチップをもらったこともあった。
 逆におつりの計算を自分の都合のよいようにして、自分から1000円多くせしめたお客もいた。
 時間が押していたこともあって普段よりは冷静さはもちろん欠いていたのでこちらが計算間違いしていた可能性がゼロではないだろう。
 だが、今になって思い返してもそのお客には1000円余分に払ったように思う。

 普段ならば最初のエリアの巡回は40分ほどしかかからないが、この日は2時間以上もかかった。 団地内の雪道で立ち往生することが何度もあったから。そのほとんどは登り坂で停車したときだった。
 二速発進でもタイヤが空回りして、ローリー車が後ろに滑って下がって怖かった。

 次のエリアへのルートも危険を考慮していつもと道を変えた。そのころには雪は止み少しずつ日差しが届きだした。
 雪の中の農道を走っていると高級外車がハザードを点けて停まっていた。
 その車の横を通り過ぎると母と子が道の脇で雪遊び。さらに前方では男性がスマホで話しながら小走りしていた。
 こんな天気なのに彼らはなぜ出かけてきたのだろう? 車の性能を試したかったのだろうか。

 次のエリアに到着したのはお昼前。普段ならばそのエリアを後にする時間だった。
 最初の巡回エリアよりは坂道が少なく南向きの道路が多いので融雪が進んではいたが、自分が担当する中では一番お客が多いエリアだ。

 そのエリアではお客に二つのことを多く言われた。『来ないかと思った、ありがとう』と『遅い』だ。
 同じ団地内の友人宅に何時ごろに着くかと訪ねてくる客がいて、自分が正直な見立てで2時間以上先の時間を答えると不機嫌になる人もいた。
 客に自分の苦労をわかってはもらえることはないだろうと開き直りはじめたのは、この客に会ったころ。
『大変だったね』とお客に言われると『大変です』と答えるようになっていた。

 なんとかこのエリアを終えると、灯油の在庫量が気になりだした。2,000リットル以上は売れていたから。
 次のエリアは積雪を考慮してほとんどをカット。所長からそのように助言を受けていたこともある。
 普段、ほとんど売れていなかったことも理由だったのかもしれない。社会のためになる企業活動もやはり利益とリスクは無視できないから。
 自分が手伝っている営業所では毎年のように巡回ルートを見直しているらしいのだが、当然だろう。都合の良いときだけにお客が企業サービスを利用しようとしても、サービスが続いている保証なんてないことをこの仕事を通じてリアルに実感できるようになってきた。

 幸いなことに大半をカットした次のエリアではポリタンク1個分しか売れなかったので、在庫の心配はかなり減った。
 用意していた弁当を食べることなく最後から二番目のエリアに突入できたのは夕方。
 明智城跡の南側にあって、坂が一番多くて広い。その割に常連客が少なくて客層があまりよくないように感じているエリアだ。

 考えたら不思議なものだ。エリア替えによって担当しているエリアは全て可児市内の団地。
 だが、その団地毎によってお客の傾向がかなり違う。逆に言うとその団地毎に、こちらへの気遣いなどに同じ傾向があるのだ。
 その日に一番、雪かきしてある場所が少なかったのはこの団地。自分が巡回するエリアでは一番の高所にあることもあって積雪量も多かったのに。

 ある場所では雪かきはしていたが、庭先の雪を車道に放り投げていた。それもお隣同士で。車道は坂道で自分は下っていたので、いい気持ちはしなかった。そんな雪かきだったらやめてほしかったくらいだった。

 また、この団地は乗用車がすれ違うことができないような道も多いのだが、そんな道をコミュニティバスが走るだけでなくバス停が何カ所もある。
 そんな細い道の下り坂の途中ではじめてのお客に呼び止められてポリタンク二個に給油しているときだった。
 コミュニティバスが後ろから現れて、すぐにクラクションを鳴らし始めた。
 どんなに寄せてもバスに道を譲れないし、ローリー車を動かすような適切な場所がなかったので待ってもらうしかなかったのだが、バスの運転手はそんな気持ちになれなかったようだ。
 何度も何度もこちらを威嚇するようにクラクションを鳴らすだけでなく、最後には窓からこちらへ怒鳴ってきた。
 今、気がついたのだがスマホで録画して、バスを運営している会社と行政に送りつけてやればよかった。

 次のお客にもそのクラクションが聞こえていたようで、自分に同情してくれた。感じのよさそうな30代に見えた女性だったので、より慰められた。心が弱っている時に優しく接してくれたから。

 このバスとのやりとりのころにはローリー車のヘッドライトを点けていた。溶け残っていた雪が凍り始めていた。
 このころになっても、疲れをほとんど感じていなかったことに気がついた。ずっと、気を張り詰めていたからだろう。
 ジャンパーどころかウインドブレーカーすら羽織っていなかったが、寒いと思うことも全くなかった。自分から出る息が一日中、白かったので冷え込んでいるのは間違いなかっただろうが。

ボスキャラエリアでの1枚。

 苦労したボスキャラのようなエリアでの巡回を終えるとまわりは真っ暗。最後のエリアを目指して団地出口の交差点が下り坂で凍っていてヒヤリとした。
 明智城を回り込んで最後のエリアに入ると驚いた。キレイに雪かきがしてあったから。
 軒先はもちろんのこと車道から道路脇まで完璧だった。除雪した雪も邪魔にならないような場所に集めて積んであった。
 業者に頼んでもこれほどまでにキレイに除雪してもらえないかもしれない。
 自分が担当しているエリアの中では高齢者世帯の割合が一番高そうなので余計に感動した。

 ある市営住宅の前では制服姿の高校生のカップルが話をしているのを見て、クリスマスイブだったことを思い出した。
 二人には今年のクリスマスイブはどのように記憶されるのだろう? どこでどのように過ごしても好き合っている二人が一緒に居ることができたのは素敵なことだったはずだ。

 最後の団地ではお客の誰一人として、遅くなってしまった自分に避難めいたことを口にしなかった。彼らのおかげで気分よく販売を終えることができた
 スマホで時間を過ぎると19時を過ぎていた。

 売り上げを確認すると3,065ℓ。正直、もっと売れていた感覚もあったのは苦労したからだろう。
 売り上げを電話で所長に報告するとほっとしているのが、こちらにも伝わってきた。いつも以上に気持ちのこもったねぎらいの言葉をもらった。

 国道を目指して裏道を走っていると視界が悪くなった。普段ならば遠くまで見渡せる田舎道がすっぽりと霧に包まれてしまった。
 幸いなことに帰路の表道の車道には雪は残っていなかったが、ゆっくりと慎重に走った。

 国道を走っているとドアミラーが曇ってきたので、車を停めて拭こうとすると滴露したまま凍っていた。
 県境を越えて愛知県まで戻ってくると前方車との距離が急速に詰まってすぐに動かなくなった。その地点はバイパスで信号から外れていたので、後続車への告知のためにハザードを点けた。
 二車線だったが車の流れは一つになってしばらく進むと、交通事故が起きていた。二台の乗用車が衝突したらしく、一台が横転していた。
 まだ警察は来ていないようだったが、幸いなことに運転者たちに大きな怪我はなさそうだった。
 だが、話し合っている彼らは互いに穏やかではなさそうだった。下り坂だったので凍結でどちらかがスリップしたのではないだろうか。
 自分よりも若そうに見えた二人のドライバー。若い時にはある程度の無茶をするのは仕方がない。過去のことを考えると自分だって人のことは言えないはずだ。

 その後は特に渋滞はなかったが、国道41号線を南へ進むに従って走行車は増えていった。
 小牧インターの手前で燃料の給油のためにガソリンスタンドに立ち寄った。給油スタッフが眼鏡を曇らせながら作業してくれた。
 彼に今日は忙しかったかを尋ねると、自家用車で給油に訪れた人が多かったとのこと。そんな客が多かったことに彼は疑問を抱いたらしい。どうやら彼と自分は同じようなことを感じていたようだった。

 営業所に戻ったのは20:30前。所長がすぐに出て来てねぎらってくれた。
 8割くらいのローリー車は帰社していた。久しぶりに自分はビリのほうだったようだが、無事に帰ってくることができたのが何よりだった。
 この日は、なぜか廃油の引き取りもあって入庫した後の作業に時間がかかった。売った分の量を翌日のために給油しておくのもドライバーの仕事だから、販売量が多ければそれだけでも時間がかかる。

 灯油の補充が終わって、報告書などを書きながら営業所内で雑談をするのが以外と楽しいこのごろ。この日は他のドライバーもいつになく饒舌だった。
 他の売人たちも多かれ少なかれお客たちから非難めいたことを言われていたようだった。
 営業所へのクレームや非難めいた電話もかなり多かったことを所長が話してくれたが、皆の表情は明るかった。自分だってそうだっただろう。

 愛知県近辺の高速はほぼ全滅していた今年のクリスマスイブ。そんなこともあって、営業者から自宅までは普段以上に時間がかかってしまい、帰宅できたのは22時過ぎ。

 ようやく長かった一日が終わりに近づいた。
 営業所で入浴剤をもらったが、使うことなく別日にとっておいた。クリスマスイブに飲むために買って冷蔵庫に入れて置いたプレミアムビールも飲まなかった。
 その日の夜はそんな物は自分に必要はなかったからだ。

今日の写真のモデルは𝐑𝐈𝐊𝐎さん。