淡白マスヲのたんぱく宣言 

40歳過ぎのオッサンの雑記。夜遊び、芸能ネタ、日常的なことから社会的なことまでを、広く浅く、そして薄い視点で毎日書くので気楽に読んでください。

保育士の待遇

 昨夜、娘を送るために乗ったタクシーが妻の実家に止まると、駐車場に車は1台しかなかった。妻の車はまだなかったのだ。週末の20時過ぎだというのに。
 彼女がまだ仕事だということが、すぐに頭に浮かんだ。
 妻の仕事は保育士。同じ社会福祉法人に20年以上勤めていることもあって、それなりの管理職にも就いている。それもあって、自分よりも給料は多い。
 まだ、一緒に妻と住んでいたころから、毎金曜日はいつも帰宅が遅かった。子供が帰ったあとに、職員同士で会議を行うことが多かったからだ。
 妻が家で仕事をしているのはしょっちゅうだった。担当している子供に保育園で何かあったとき、保護者への電話での事後連絡や、書類の作成など挙げたらキリがないほどだ。

 待機児童の問題がいつまでたっても解決できないことに、世論が関心を持ち続けた結果、マスコミが違う方向にベクトルを向けたことを好意的に受け止めていた。
 その方向性とは保育士の待遇のことを取り上げ始めたことだ。ただ、若干方向性が違っているとは思ったが。

 もちろん、保育園を経営している組織によって差はあるだろうが、保育士たちの給料が極端に低いとは思わない。充分ではないかもしれないが。一番の問題は、労働対価に見合ってないことだと考えている。
 自分の仕事はシステムエンジニア。拘束時間が長い職種の代表格だが、そんな自分から見ても妻が仕事に束縛されている時間が、以上に長かったと感じている。

 しかも、保育士たちは子供たちの安全も預かっている。場合によっては、業務上過失致死傷罪に問われるリスクを伴っていることを考えると、あきらかに待遇が見合っていないと、思わざるをない。
 自分が仕事で徹夜作業を余儀なくされた結果、集中力が欠けたためにミスをしたとしても、業務上過失致死傷罪で起訴される可能性は、まずないだろう。

 拘束時間を短くするか、現場で働いている保育士たちのリスクを減らすことはできないだろうか。そのための対応策として、現場の保育士の数を増やすことはできないのかということも、素人ながらよく考えさせられた。
 自分は妻の労働環境を知れば知るほど、そういったことなどを思わざるをえなかった。

 特に、自分が子供を授かってからは、その思いはさらに強くなった。
 これからの時代を担っていく人間に投資をするのは、社会として当然だと自分は考えているのだが、世間の人たちはどうだろう?
 何事もそれなりの投資を行わずして、結果を得ることなどできないのは自明だと自分は考えているが。

 子供を預けている保護者は保育士たちの待遇について、どれくらい知っているのだろう? どれくらい、思いを巡らせてくれているのだろう?
 世の中全ての人にそのことを知って欲しいとは思っていないが、せめて子供を預けている立場の人たちには、そのことを少しでも理解していて欲しい。