淡白マスヲのたんぱく宣言 

アラフィフのオッサンの雑記。広く浅く、そして薄い視点で気楽に書いてマース。

現在地

今更ながら、このブログの目的を改めて書いておこうと思う。自分にとって一番の読者は、大人になったときの娘である。
自分が死んだあとに、父親がどんな人物だったのかを振り返るヒントになればと思って書いている。だから、これまで書き続けてこられたのだと思う。

正直、娘が生まれたときの気持ちは微妙だった。男だから、彼女が生まれたときに自分の身体を痛めたわけでもない。その瞬間に何かを失ったとか、得たとかいう感覚はまったくなかった。
親としてやっていけるのか自信がなくて、不安しかなかったことを今でも覚えている。

だが、不思議なものだ。彼女は彼女なりに自分のことを親として扱ってくれて、そのことが自分を少しだけ父親らしくさせてくれた。
寺社や身内の墓参りなどで合掌するときも、彼女のことまでお願いするのがいつの間にか当たり前になっている。
今まで何人もの女性を好きになってきたが、娘以上に大切に思えた人物はいなかったし、おそらくこれからも現れないだろう。
そんなことを彼女本人に伝えたことは一度もない。母親よりも父親のほうが、そういうことを口にしない傾向があるのかもしれない。
だからこそ、素の自分を文章に書けてきた気がするし、今日も自分を隠さずに書き散らかしたい。

今の自分の精神状態は絶不調だ。
逆に、これまでの人生で絶好調だったことなどあったのだろうか。そう考えると少し諦観もできそうだが、突き詰めて考えると、自分の人生はこれまでもこの先も、生きづらさから逃れられないのかもしれない。
その生きづらさは、自分が性善説に囚われて逃れられないからではないかと、最近になって考えられるようになった。
他人のことを勝手に信じ込み、失望して傷つくことを繰り返し、これから先もまた繰り返していくのだろう。
だったら、いっそ、などと思うほどの勇気もないのが、自分らしくて虚しい。

具体的には、仕事のことを考えても、趣味のポトレのことを考えても、このごろは心がざわついて仕方がない。
ポトレ界隈の状況は自分を失望させ続けているだけだが、仕事のほうは直近まで違っていたので、油断していた分だけ闇落ちしている。今年度の講師としての登壇は、びっくりするほど平穏だったからだ。
だが、その平和な日々も終わろうとしている。今年は自分が名指しで非難されるようなことはなかったが、他人のせいで自分の心の平穏が乱されようとしている。
誰のせいでもないと言いたいけれど、明らかに誰かのせいだと自分は思う。

ここ数日、よく思う。もし来年度の登壇依頼があったら、一度白紙で考え直そう、と。講師の仕事はコミュニケーションの負荷が高すぎるからだ。
他人と比べても、自分ほどの人間嫌いはなかなかいないと思う。
仕事上の人間関係には深入りしないよう気をつけているつもりなのに、それでも近づいてしまうのは何なのだろう。

人嫌いなのだから、いっそのこと女性も嫌いになれれば、ある意味ではすっきりするはずなのだが、それもできない自分の勝手さも嫌いだ。

今日の写真のモデルは木村梨乃さん

ファインダー越しの蛙化

七月最初の土曜日だった昨日、江の島まで出かけてきた。撮影会に参加するためだ。
借りているマンションから江の島までは、電車で一時間半くらい。自宅から知多の海まで行くのに比べると、アクセスはかなり便利だ。
なぜ名鉄は内海駅を海岸線から離れた、あんな観光に不向きな場所に作ったのだろう。

江の島は一昨年以来だった。前回も今回と同じように撮影会に参加するために訪れていたが、その二年のあいだにもいくつか変わったことがあった。
まず、変な話だが、前回の自分は江の島を江の島としてきちんと認識していなかった気がする。サザンやTUBEの楽曲に出てくる『江の島』とは違う場所だと思いこんでいた。
そのときに撮影した女性は被写体を卒業し、彼女が所属していた撮影会も、他の撮影会と合併して新たな撮影会になった。
昨日参加したその撮影会では、一枠が90分だった。二年前は一枠180分、三時間だったことが懐かしい。
モデルと二人で片瀬江ノ島駅から江ノ電に乗り、撮影場所を探したことが、今でも新鮮な記憶として残っている。

それでも、いくら素敵な女性が相手だったとしても、二人きりで三時間も一緒に過ごすのは疲れる。どこかで自分を繕っているからなのだろう。
だが、そんな気持ちにまだ慣れない自分が、ちょっぴり愛おしかったりもする。自分の中にまだ中二っぽくて純なところが残っている証だとも考えられる。
自らのビジュアルを仕事の道具にしている異性を前にして、そんなふうに考えてしまうのは、女性よりも男のほうが多いのではないだろうか。

昨日、撮影したモデルの一人が、かつてコンカフェで働いていたことを話した。ポトレ界隈では珍しくない話なのかもしれないが、その言葉を聞いてから二人のあいだの空気が変わった気がした。
というか、少なくとも自分の受け取り方が変わってしまった。ファインダー越しの彼女が、それまでとは違って見えたのだ。

一昨年、江の島で撮影したモデルもコンカフェで働いていたことを知っていたが、昨日のような気持ちは抱かなかった。その差は何だろう。
昨日の夕方に撮影した彼女からSNSのDMでお礼が届いたのだが、その文面がを読んでいるとなぜか寂しさを感じてしまった。そう受け取ってしまう自分の側の問題なのかもしれないけれど。

おそらく自分は、女性の自然な魅力を撮りたくてポトレを続けているのだと思う。
自分がイメージしているその「自然」が、彼女たち本来の自然とはかけ離れていることも、頭の片隅では理解しているつもりだ。
それでも、その自然に自分の女性への憧憬を重ねた耽美的な写真を撮りたい。
だが、そのギャップは埋まるどころか、むしろ広がっているようにも思う。
それは、何かを作り出すことの苦しみの一つなのだろうか。それとも寂しいオッサンの勘違いなのだろうか。

今日の写真のモデルはほのさん。

2026年の上半期を七味五悦三会で振り返る

5月と6月は暑い日が少なく、仕事でも大きなトラブルがなかったこともあって、すんなりと日々が過ぎた。気がつけば今日で今年の上半期が終わりなんて早すぎる。
例年通り、今年も上半期を『七味五悦三会』で振り返りたい。

『七味五悦三会』とは、江戸時代の人々が大晦日に家族で、七つの美味しかったもの、五つの楽しかったことや嬉しかった思い出、三つの新しい出会いを語らいながら過ごす風習のこと。
この粋な風習を知ってすぐに好きになったので、上半期の終わりと大晦日には、このテーマでブログの記事を書き続けている。今回は、その中でも特に印象に残ったものを厳選してみたい。

まずは七味。

  • 『キッチンABC』のランチ
  • 『イタリア料理を食べに行こう』の生ハムとショートパスタ
  • けんますの『やみつき漬け玉ねぎ』

お酒を控えるようになってから、外食の回数は少ないままだ。
ただ、首都圏で講師をしているときは、地元で開発の仕事をしているときよりも外食の機会は多い。

今年、外食で最初に美味しいと思えたのは、池袋にある洋食屋のランチだった。一緒に登壇していた講師に誘われて連れて行ってもらった店だ。
見た目はごく普通の日替わりランチだったが、味はそこいらの洋食屋の次元を超えていた。価格が1000円以内だったのもよかった。池袋という立地を考えると、かなりお値打ちだった。
tf-abc.co.jp
次はイタリアン。
今年、こちらに来てからイタリアンの店に二度も足を運んだ。
首都圏で講師の仕事をしていると、地元で開発の仕事をしているときに比べて外食の回数は増えるし、一回あたりの出費も高くなりがちだが、それはそれで価値があると思っている。
講師にはサラリーマンではない人が多いこともあって、魅力的な人物が多いからだ。社畜に魅力的な人物が少ないのは、仕方がないことなのだろう。

今年初めてイタリアンを食べた店で、前菜として出てきた生ハムと、メインで食べたショートパスタは自分の想像を超えた味だった。
店内の客は、自分がいたグループ以外はすべて女性だけ。そんな雰囲気だったので少し緊張していたが、食べた料理はどれも美味しかった。
www.italiantabeniikou.com
最後は、YouTuberけんますのメニュー。このレシピは5年前のものだったが、今年初めて作ってみた。
作るとすぐにリピート確定どころか、しばらくは常に冷蔵庫に作り置きしていた気がする。一時、自分にとってはとっておきの常備菜だった。
こちらに来てからは冷蔵庫のキャパの都合で作っていない。来年、また新玉のシーズンになったら作りたい。
www.youtube.com

次は五悦。

  • マシンピラティスを始めたこと
  • 娘と一緒に吉野へのお花見
  • 40平米の暮らし

一つ目は、マシンピラティスを始めたこと。年明けから地元のスタジオに通い始めて、半年が過ぎた。こちらに来てからも、スタジオこそ違うが週一ペースで通っている。
ピラティスを始めてから、痩せたとか姿勢がよくなったと言われることがある。

二つ目は、娘と一緒に吉野へ桜を見に行ったこと。
吉野が山であることを、怪我した足だったこともあって痛感させられたが、娘とのよい思い出になった。
日本三大桜名所でまだ訪れていないのは弘前公園だけ。高遠も吉野も連れがいたので、弘前公園は一人旅で訪れるのも面白いかもしれない。

三つ目は、今借りているマンションでの暮らしについて。
40平米のマンスリーマンションの部屋が快適すぎるし、楽しい。アラフィフになって、とっておきの秘密基地を手に入れたような感覚すらある。
これまで借りた部屋は30平米前後ばかりだったが、今の広さが自分にはちょうどいいのだろう。広すぎず、狭すぎず。
この部屋でまだ二か月以上暮らせると思うとたまらない。というか、自分の家に帰りたいという気持ちがなくなりつつあるのは、ある意味で問題なのかもしれない。

最後に三会。考えてみたけれど、どうしても選べなかった。
というか、七味五悦三会を書くようになってから、毎回悩んでいる気がする。
出会ってすぐに、その価値なんてわからない気がするからだ。

三会からは外れるのだろうが、昨年亡くなったある人のことを今年はよく思う。自分が講師になってから、ずっと裏方で支えてくれた人のことを。
その人がいなくなったせいで、今年の自分の負担は明らかに高まっている。
人は、いなくなってからしかその価値に気づけないことが多いのかもしれない。それは仕方がないことなのだろうが、やはり寂しいことでもある。

フリーランスとしても、IT講師としても五年目。
仕事の環境は昨年までと比べてかなり変わっているが、今年の自分はそれなりに前を向いて歩いているのではないか。
自分にとっては珍しいことのように思うが、このまま前を見たまま歩き続けることができ、大晦日に『七味五悦三会』を再選考するのが大変なくらいの一年になったらとも思う。
今年の上半期最後の日の夕暮れに。

今日の写真のモデルは日下部まゆさん。

フェトが思い出に変わっても

今年も娘からのお祝いの言葉はなかったけれど、無事に歳を重ねた。
娘の代わりにはならないけれど、一緒に登壇している女性講師と、かつて通っていたガールズバーの元ママからはLINEで祝福してもらった。誰からも祝われないよりは、よほどマシだった。

元ママが働いていたガールズバーに通っていたころのことが気になったので、このブログのある記事を読み返してみた。
ブログを書き始めたころの自分は、当たり前のようにキャバクラやガールズバーに通っていた。
hatehatehahaha.hatenablog.com
読み返してみて、最初に感じたのは読みにくさだった。今と比べて文章がまったく洗練されていないことに驚いた。当時の駄文を読んでくれていた読者は大変だったと思う。
このブログを書き続けたことによって文章スキルがマシになってきていることは確認できた。

IT講師として五年目の今年度、昨年度まで以上に文章技術の必要性を感じる場面が増えている。というか、受講生と接している時間以上に、何かを書いている時間のほうが多い気さえしている。

昔の記事をなんとか読み終えると、次第にセンチメンタルな気分に支配されていった。あのころのような気持ちには、もう二度となれないからだろう。
あれから恋をしていないし、これからも恋をすることはないだろう。恋する年齢にはリミットがあるという学説もある。

これから先の人生で、自分より大事に思える人に出会うことがないと思えてしまうのは、なんとなく寂しいものだ。自分が与える以上に、相手から多くのものを受け取れるような関係性に、この先出会うことはないのだと思うと。

誕生日を迎えて、アラフィフ最後の年が始まった。次の誕生日が来たらアラカンになるなんて、嫌すぎる。アラカンになってしまったら、シニアはともかく、お爺ちゃん扱いされることからは逃れられないからだ。
だが、それでも年金支給まではかなりの時間があるのはなぜだろう。
ほんの少し昔のように、アラカンになったら定年で年金が支給される世の中であるべきだ。年金がもらえないのに、まわりから年寄り扱いされるのは理不尽すぎる。

話は少し変わるが、あのころの記事を読み返してもう一つ感じたのは、当時の20代と今の20代の違いだ。
あのガールズバーで働いていたスタッフたちの何人かは通信制の高校に通っていた。
今、自分が接している20代の多くは有名大学の学生や卒業生だ。環境の差はあるのだろうが、あのころの彼女たちのほうが、誰かのために自分の役割を果たしていたような気がするのは、自分の気のせいなのだろうか。

相手を思いやるような気配りは、AIに尋ねたところで、よい助言は得られないだろう。
というか、今の20代はそんなことを学ぼうとする志向すらないのかもしれない。
どんなことでもパフォーマンスを問われ、目先のことに右往左往している大人たちに囲まれて育てば、それも仕方がないのかもしれない。

今日の写真のモデルはあゆみん。

世界で一番遠い場所

この文章を書く前に、ハンカチとカッターシャツにアイロンをかけていた。日曜日の夜にふさわしい時間の過ごし方なのかもしれない。
昨年、川崎のマンションに滞在しているときに、数千円のハンディタイプのスチームアイロンをECサイトで買った。これがなかなか使い勝手がよく、気に入っている。

独り身になってからもしばらくは、アイロンをかける習慣なんて自分にはなかった。形態安定加工のワイシャツを着て、皺がひどくなったらクリーニングに出すことを繰り返していたからだ。
SESとして客先常駐で働いていたころは、少々皺の寄ったシャツを着て、くしゃくしゃのハンカチをポケットから取り出したところで、誰も非難がましい視線を送ってくることなどなかった。

講師として登壇した一年目、某アパホテルに泊まったときのことだった。ホテル内のコインランドリーで洗ったシャツの皺が気になったので、フロントにアイロンがあるか尋ねたら貸してもらえたのだ。
それから、アイロンをかけることがあまり苦にならなくなった気がする。

アイロンをゆっくりとかける気になれたほど、この週末はくつろげた。久しぶりに登壇先からパソコンを持ち帰らなかったからだ。
今年は例年の1.5倍の受講生を担当しているだけでなく、いくつかの理由が重なってハードワークになっている。
講師一年目の自分だったら耐えられていたのだろうか。いや、あのころの自分には、まわりもそこまで期待していなかったから、今のように仕事を振られることもなかっただろう。

昨夜はしばらくぶりに時間をかけて夕食を食べた。思いつきでソロタコパをしてみたら意外と楽しく、よい気分転換になった。
焼きたてのたこ焼きを頬張りながら、YouTubeであるアーティストの昔のライブを見ていた。渡辺美里の、あの西武球場でのライブだ。

自分の黒歴史だった10代後半から20代後半にかけて、彼女の楽曲をよく聴いていたし、ライブにも何度か足を運んだ。西武ドームのライブにも、名古屋から何度か参戦したことを懐かしく思う。
珍しく一人で晩酌をしたことも効いたのかもしれない。自分がネガティブに捉えていたあのころのことを、少しポジティブに考えられるようになってきた。
ただただ、みっともなくて格好悪いことばかり考えていたあのころの自分が、いまの自分に繋がっているのだと素直に思えた。

大学に進学できなかったこと。いや、本気で進学しようとしなかったこと。モテなかったこと。
そうしたことをコンプレックスとして抱えて、投げやりに生きていたあのころ。
もう一度あのころに戻ってやり直したとしても、自分はたぶん同じように生きるだろうし、それでこそ自分自身である気もする。

ちなみに、今借りているマンションから西武ドームまでは、車なら30分、電車でも一時間ほどの距離だ。
近くはない。けれど、思っていたほど遠くもない。
あのころの自分自身とは、どれくらい離れたのだろう。

今日の写真のモデルはみりんさん