淡白マスヲのたんぱく宣言 

40過ぎのおっさんのエッセイ。昨日より、今日見たことや感じたことを毎日書きたいと思っています。

【祝・たんぱく宣言100日継続企画】 エッセイを書く難しさと楽しさ

 今日の記事でたんぱく宣言は100日の継続となり、そして100個目の記事となる。
 これもひとえに読者のお陰だと思って感謝しているし、キリのいい100日継続できたことにも我ながら驚いている。

 先日、ある友人と食事をした際に同人誌に復帰して小説を書いていることを話題にしていた時のことだ。
 blogの執筆ペースを落として小説を書くことに注力したらどうかという意見をもらった。
 小説を書くことも今のマスヲにとっては大事なことだ。だが、blogを毎日書くこともやはり大事なことなのだ。
 blogを書くと文章量や内容にもよるが、たんぱく宣言の記事の中では数時間かかっているものも珍しくない。その時間を小説の執筆にさけば、小説の執筆がその分だけ進むのは確かなのだが、今のところはblogの更新ペースを変えるつもりはない。だが、友人の意見を参考にして最近はblogの文章量をある程度抑えている日が多い。

 たんぱく宣言はマスヲのエッセイなのでノンフィクションだ。毎日書き続けている中で気がついた。
 小説は絵画を描くことにエッセイは写真を撮ることに似ているということに、だ。
 小説はフィクションなので事実をもとにしたことであってもどんなことでも書ける。絵画の基本もリアリズムなのかもしれないが、ある程度は虚飾なことでも絵画にすることは可能だろう。
 だが、エッセイはノンフィクションなので事実しか書けない。写真も目の前にあるものを撮影するしかない。
 この点がblogを書きはじめたときからの自分の中では大きな壁だったのだが、書き続けることによって最近はその壁を越えたような気がする。
 写真はアングル、構図、絞り、シャッタースピード、感度などをコントロールすることによって同じ景色を撮ったとしてもまったく別の作品にすることは可能だろう。
 エッセイも見たこと聞いたこと体験したことなどしか書けないのだが、体験したことは特に視点や構図などを強く意識して考えて書くと、自分でも驚くほどの読後感を与えることが出来るのではないかと思えるようになってきた。

 マスヲの中でそれを今までで強く感じた記事がある。それは以下の記事だ。
hatehatehahaha.hatenablog.com

 正直に言うと事前から当日の自分の感情を予想していたので、多少下書きのような原稿があったのだが、当日に体験したことを自分なりに考え直したらまったく別物の記事となったことが感慨深い。