淡白マスヲのたんぱく宣言 

アラフィフのオッサンの雑記。夜遊び、芸能ネタ、日常的なことから社会的なことまでを、広く浅く、そして薄い視点で書くので気楽に読んでください。

北酒場② 【飛騨・信州路の冬のひとり旅 その3】

 愛知県から来ていたカップルが去ったので、サラリーマン風の男性と店内は2人だけになってしまった。彼の歳は自分と同じくらいだろう。
 カップルから受け取った枝豆を一緒に食べるためにカウンターで寄りそって飲みはじめた。

 彼は自分から仕事のことを話し出した。お酒と食べ物とのコーディネートや商品開発などの仕事をしているらしい。仕事柄、アルコールへの造詣が深く話を聞いていると面白かった。日本酒に醸造用アルコールを添加することについての是非なども話題になったが自分よりも高いレベルの知識を持っているのだが、偉そうなところもない。

 カウンター内の女性店員に対して熱燗のタイミングについても話していた。日本酒は燗が頃合になると膨張してくるのだそうだ。徳利の上から見てもわかるくらいに。
 確かに彼女が燗をつけるのもどことなくぎこちない。聞くとこのお店は今日が開店だったようだ。そのサービスなのか燗酒を注文すると彼にも自分にも最初の一杯だけお酌をしてくれた。着ている割烹着が似合っていた。

 しばらくするとニット帽を被った私服姿の男性客が訪ねてきた。自分より少し年上に見えた。彼が店の引き戸を開け入ってくるときに目があったので声を出して挨拶していた。こんばんは、と。
 彼はびっくりしていたが一応、挨拶を返してくれてL字型のカウンターの端に座った。
 3人でぽつりぽつりと会話をすると自分と隣の彼が知り合い同士だと思っていたようだ。お互いが初対面だと知るとまたびっくりしていた。

 自分の隣の彼が会計を済ませて帰っていくと、入れ替わりに若いカップルが入店してきた。枝豆を話のネタに話しかけると彼女の方が積極的になってくれて、自分の隣に座ってくれた。
 地元の看護学校に通っている看護学生で彼女の方が先輩のようだ。2人ともまだ素面だと語っていたが、彼女のほうはテンションも高い。彼によると普段から天真爛漫らしい。
 2人は交際している訳ではないようで、彼女には別に彼氏がいるとのこと。後輩の彼には交際している女性はいないと教えてくれた。
 彼女たちの話を聞いているとニット帽のオッサンと度々目があった。なんだが気分が良さそうなのがわかる。

 引き戸を開けて若いスーツ姿の男性が入ってきて、ニット帽のオッサンの横に座った。
 彼の髪型がむかしの速水もこみちを連想させた。30代の前半くらいだろうか。街のせいか店のせいなのかはわからないが、何かが彼をダサく見せていた。

 自分の座っている後ろから音がする。振り返ると若い女性が引き戸を外から叩いている。自分の隣に座っている彼女の知り合いだろう。彼女は立ち上がり、店の外で二言三言話して戻ってきた。

 きっかけはわからないが、男女の友情についての話題になっていた。若い時には欲求が強いため男女の友情の成立が難しいと自分は思っている。
 そのまま口にはしなかったが、酔いながらも言葉を選んで話した。
 そのセリフをオッサン2人が納得して聞いているように見えた。彼女たちは力を入れて反論していたが。

 隣の彼女はこの前の店でアルバイトをしていたので、その後の店がどのような店なのか気になったのだろう。後輩の彼を連れて来たのかもしれない。
 彼女は店を見ることができて満足したのか、オッサンたちの酒の肴にされたことに辟易したのかはわからないが、帰っていった。後輩も一緒に。枝豆を見るとまだかなり残っている。

 ニット帽が独り言のように話しだした。妻と別居して1年半になること。娘が居て今年二十歳になるが別居してから会っていないこと。自分の隣に座ってくれた彼女を見て、娘を思い出していたことなどを、だ。
 会えばいいんじゃないですか、と自分は口に出していた。さらに自分も妻との関係を簡単に説明し、別居生活だけは自分の方が先輩であることも付け加えた。
 いろいろあるの、と彼は言った自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。もこみちはただ黙ったまま隣で話を聞いていた。
 別居当初はつまらない自分の意地で娘になかなか会わなかったことも話した。だが、今は最低でも月に1回は会うようにしていることも。
 自分の言葉を彼がどう聞いたかはわからないが、お手洗いに行くために席を立った。

 戻ってくると話題は変わっていた。彼ら2人は顔見しりのようだった。ニット帽はどうやら自営で仕事をしているらしく、もこみちは税務署勤なのもわかった。
 話は税金のことになっていた。時間は過ぎていくが熱燗を呑みながら食べている枝豆はなかなか減らない。
 彼ら2人に枝豆を託して河岸を変えることにした。この店のオーナーが数件隣でてんぷら屋をやっていることを聞いたからだ。
 それなりに酔ってきたが、まだ目的を果たせていない。今夜のミッションは達成できるのだろうか。(つづく)