淡白マスヲのたんぱく宣言 

アラフィフのオッサンの雑記。広く浅く、そして薄い視点で気楽に書いてマース。

うつむいている小学生

 今の現場になってから、平日は毎朝のように小学生とすれ違う。
 彼らの通学時間に自分が出勤することと、我が家の隣に歩道橋の階段があり、その場所が分団登校の集合場所になっているからだ。
 その場所に集まってくる小学生たちの名前は知らないが、少しずつ顔と1人1人の特徴も気になる子供は覚えはじめた。
 その中で1人気になる男の子がいる。小学校の中学年だろうか。
 毎朝、うつむきながら集合場所に向かって歩いているからだ。今朝は曇り空だったので、彼が余計に気になった。

 自分のことを思い返してみた。
 そもそも学校自体が嫌いだった。特に暗いイメージを抱いていたのが、保育園と高校に通った3年間。
 保育園のイメージを引きずったままだったのか、小学校も3年生になるまでは本当にきつかった。

 自分の娘は一歳に満たないころから保育園に通園した。卒園した保育園に通い始めたころ、ちょうど自分の転職時期と重なって時間が出来たために、毎朝ベビーカーを押して保育園に送っていたのが、今ではいい思い出だ。
 そんな娘は保育園に通うのが楽しくて仕方がなかったらしい。おまけに、小学校も。
 学習塾に通うのだけはちょっと苦手なようだけれど、スイミングスクールに通うのも大好きなようだ。ポジティブな小学生の女の子だ。
 血のつながりはあってもネガティブ思考の子供だった自分とは、まるで別人だ。

 うつむいていた彼を見ていたら、自分にもそんな日が多かったことを思い出した。
 だが、そんな日々の中でも素敵な思い出も少しはある。
 保育園で年長になったころ、自分に素敵なガールフレンドが出来たのだ。
 年中までは時折、女の子に虐められることもあったせいで、積極的にコミュニケーションを取れない自分に、優しくしてくれた女の子が現れたのだ。
 その子のことを仮にチコちゃんとしておこう。チコちゃんとは保育園だけで遊ぶ間柄だったが、それだけでも充分だった。女の子の優しさに人生で初めて触れた気がした。
 彼女との会話の中で、お母さんが学校の先生をしていることをなんとなく聞いていた。

 保育園を卒園すると、チコちゃんとは離れ離れになってしまった。入学した小学校が別だったから。
 自分が慣れない学校生活を過ごしていたある日、顔を知らない女の先生がいきなり話しかけてきた。あなたがマスヲ君ね、と。話し方と表情が穏やかだった気がしている。
 その先生はチコちゃんの母親だったのだ。保育園のころの娘から、自分の話をよく聞かされていたのだろう。

 先生はハサミを差し出した。自分は道具箱のハサミをどうやら落としていたらしく、それをわざわざ直接届けてくれたのだ。
 ひょっとすると彼女の親心が働いて、保育園時代の娘のボーイフレンドの1人だとわかって、顔を見たくなっただけかもしれないが。

 それから40年近く過ぎた。
 チコちゃんはもちろん母親である先生にもそれ以来、会っていない。2人とも元気で居てくれているといいのだけれど。