ガッキーこと新垣結衣が好きな訳ではない。星野源に関心があるわけではない。
脇役で出演していた石田ゆり子さんは大好きだけれど、今回はドラマのことを語ろうとしてこのタイトルをつけたわけではない。
それなりに考えて、今日書く内容にはこのタイトルがあっていると思ったからだ。
かつてと違って、毎日このblogを更新しているわけではない自分。
書きたいこと書き残しておきたかったことが漏れてしまうことが増えているが仕方がないことだろう。
作者が怠惰な人間なのだから。
hatehatehahaha.hatenablog.com
前々回のブログで改めてリアポのことを書くつもりだと書いたけれど、そのことについては書けていない。
例年、予想している流行語大賞についてもまだだ。大賞の候補はすでにノミネートされているのに。
www.jiyu.co.jp
今日書こうとしたことは、木曜日の夜に高校の同級生と呑んだときに知らされたこと。
その友人とは二年生の時に一緒だった。
高校二年生のクラスに在籍していたクラスメイトが今年の春に自死したことを聞いた。
結婚して子供もいるらしいのだが、家族を残して人生の幕を自分で降ろしたらしい。
仕事のストレスではないかとのことだった。
税理士として事務所に勤めていたらしいのだが、酔っ払い同士の会話だから、それくらいしか記憶に残っていない。
世間から見れば、アウトローの自分なんかよりも順風満帆に見えていたはずの彼。
先生と呼ばれるような仕事に就き、結婚したパートナーとも別れてなかったようだ。
これだけでも、他人の目からは自分なんかよりは幸せそうに見えていたのではないだろうか。
これまでに同級生や友人を何人か亡くしてきたが、自死ははじめてだった。
自分の場合は親類の中に自死した人が二人いるので、他の人と感じ方が少し違うのかもしれない。
その二人とも母方。一人は自分とは三親等の女性、もう一人は四親等の男性。
二人ともそれほど遠い親戚ではないこともあるのかもしれないし、その女性とは子供のころはお年玉なんかももらったことがある間柄だった。
自死には遺伝的なものが関連しているのだろうか。
メンタル的な特徴は遺伝すると自分は考えている。
自分も弟も心療内科に通院しているし、兄弟揃って鬱病になったことがあるからだ。
そんなこともあって、自死と自分の距離は遠くない距離にあり続けていると思う。
生き辛い世の中だとしばしば思う。
それでも多くの人同様に、ここまで生きながらえてきた自分。
何か気になることや嫌なことがあっても、すぐに聞いてくれた友人がまわりに居続けてくれたことが自分にとっては大きかった。
また、少しでも苦痛なことがあったらすぐに投げ出す性格が良い方向に働いてきたのかもしれない。
嫌なこと、辛いことがあったら格好つけずに逃げ出せばよい。逃げられる所まで逃げ続ければよい。
逃げるためには様々なものを捨て去らなければならないかもしれないが、捨てたものは後から拾えばよいと考える。
逃げることは恥ずかしいことだと、自分は全く思わない。
