淡白マスヲのたんぱく宣言 

アラフィフのオッサンの雑記。広く浅く、そして薄い視点で気楽に書いてマース。

安易に判断

 人を安易に判断してはいけないということを久しぶりに思い知らされた。
 そのことを教えてくれたのはシニアのある男性。今、自分と同じように入院している患者だ。
 その男性と話すようになったのは、他の入院患者から紹介されたことがきっかけ。
 写真とカメラが共通の話題になるからということだったが、最初というか今でもほとんど会話はかみ合わない。

 その男性は後期高齢者。彼の写歴はフィルムカメラ時代から長いということもあって、会話をするとほとんどが昔話。
 そんなこともあって聞いていると飽き飽きしてしまうことが多い。
 珍しく最近の話をしてくれたかと思えば、名古屋のソニーストアが移転した話だった。
 ソニーのカメラには興味はあるが、ソニーストアには興味を持てない自分にとっては、この話題も退屈でしかなかった。

 このblogでは何回か書いたような気がするが、昔から自分は動物、子供や年寄りには好かれるようだ。*1
 だが、自分は彼らに対して興味を持てないでいたが、娘が産まれてから子供に対しては少しずつ興味を持てるようになってきた気がする。
 ただ、シニアは今でも苦手のままだ。
 このごろは後期高齢者になった母親とも話すのが億劫に思えることもままあるほどだ。

 年寄りと話をしていると相手のテンションが高まってくるのは感じられるのだが、それに反して自分の気持ちが落ちていくことがほとんど。
 その男性と話しているときもそうだったので、自然に自分は避けるようになっていた。
 それでも、リハビリのために松葉杖で歩いている自分を見ると何かと声をかけてくれた彼。

 そんなある日、彼の病室の前でばったり会った。
 彼を紹介されたときに撮っている写真のことを聞いていたことを思い出したので、写真を見たいと自分は口にした。
 ここで待っていて欲しい、と彼は病室に入っていった。
 スマホタブレットを持って来るのではと考えていたら、彼は冊子を手にしていた。

 その冊子は彼の写真集だった。
 冊子の詳細な内容は伏せさせてもらうが、ページを開くとすぐに目を奪われた。
 彼の撮った写真にははっきりとしたオリジナリティがあった。
 これまで、写真を趣味としている人たちの写真を多く見てきたが、明らかにそれらとは一線を画していた。
 こんな写真を撮ることができるのにそれらのことを少しも語らなかったのはどうしてなのだろう。
 もし、自分が彼ほどの写真を撮れたのだったら、普段から見せびらかして語りまくるような気がする。

 彼の写真を見たことによって、写真撮影に再び興味が湧いてきた。
 少しはカメラの操作を覚えたのだから、写真で何かを表現したいと自然に思えてきた。
 退院したら、少しでも自分らしさを写真で現わせるように行動したいと考えている。

*1:若い女性には好かれないでいるのに……