淡白マスヲのたんぱく宣言 

アラフィフのオッサンの雑記。夜遊び、芸能ネタ、日常的なことから社会的なことまでを、広く浅く、そして薄い視点で書くので気楽に読んでください。

18時17分

 昨日は6時過ぎに起床した。仕事に行くわけではないので、アラームなどをかけているわけでもないのに。
 ベッドを出て寝室のカーテンを開けて外を眺めたら、ニンマリしてしまった。
 カメラを持って自転車に跨がり、自宅から15分ほどの桜並木とその先にある公園を目指して。

 目的地に着くとカメラを取り出して電源を入れようとしても入らない。一瞬で自分のミスを悟った。バッテリーを充電したまま、カメラに入れ忘れたまま持ってきてしまったのだ。ダッシュで来た道を戻り、再度同じ場所に戻った。

 早く起きて撮影スポットに来たのには意味がある。桜などの淡い色合いの花を撮影するときには、曇りがちなほうが味わいのある色調の写真が撮れるのではと、感じていること。
 もうひとつは、桜並木を通り過ぎる車や人が少ないからだ。桜並木の近くには小学校と大学があるから、登校するための学生も多いからだ。

 空には雲がかかったままの状態だったが、残念ながら自分が納得できる写真は撮れなかった。写真撮影に興味を持ちだして、まだ10日ほど。そんな僅かな経験で自分が納得できる作品が撮れてしまったら趣味として長続きしないし、写真撮影を長く愉しんでいる人にも失礼だろうと、自分を慰めて帰った。

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朝食前にシャッターを何度も切ったが、何とか選べたのはこの5枚。
 日中はのんびり過ごしたが、夕方にはおめでたい酒宴が催されることになっていた。友人の1人が税理士の試験に合格し、その資格が正式に降りたので、そのお祝いだった。
 幹事は毎度のことながら、宴会部長でもある自分。急な開催にも関わらず6人が集まってくれる予定だったが、1人がドタキャンしたためだ。

 その理由は、自分と電話で口論になったため。口論した友人以外には現地集合の連絡をしていた。皆、普通にスマホを持っているので、店の情報だけを相手に送れば楽なこともあるし、待っている方も屋内で座っていられるので負担も少ないはずだ。

 ドタキャンした人物はガラ携保持者。それが問題だとは考えてはいないが、今までに何度か現地集合にしても、通い慣れていない店の時は毎回自分に電話をかけてくる。
 自分はある意味、諦めたのだ。彼だけは駅の改札口などで別に待ち合わせすることにしているのだ、特別扱いして。

 彼は人として魅力的で良いところもたくさん持ち合わせてはいるが、ひとつ決定的な短所がある。時間にルーズなことだ。
 昨日もそのことを見越して、彼が乗車すると見込まれる電車の到着時間を調べ、改札口に18時13分を待ち合わせの時間として決め、メールで連絡して返信ももらっていた。

 18時13分を過ぎても待ち合わせ場所に彼が現れないので、電話をかけたが出なかった。主賓が現地で既に待っていることもあって、自分の足をそちらに向けている時に時間の約束を破った本人が電話をかけてきた。

 自分は時間を守らなかったこと、さらに電話をしたのに出なかったことを話した。
 すると友人はメールでの集合時間が18時17分であることを言い張り続けた。証拠はしっかりと残っているのに、意味のない水掛け論になった。
 仮に17分だったとしても、彼が駅に着いたのは20分過ぎ。もはや13分だろうが、17分だろうが議論の意味さえないことに気がつくと、自分の怒りはどうにも収まらなかった。

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友人に送ったメールの履歴。送信側では18時13分。
 話題を変えて、何故電話に出なかったかを尋ねると電車に乗っていたからだという。もし、そうであっても普通に気がつく人であったならば、メールなどで今は電車に乗っているからなど、と連絡するのが当たり前だと自分は思う。
 自分の言い方や言葉の選び方も大人じみた態度ではなかったかもしれない。最近、ちょっとないくらいに頭にきていたので。
 だが、結局彼は電話で次のような捨て台詞を吐いて帰ってしまった。帰るわ、と。再度、こちらが電話をしても当然のように電話にでなかった。
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自分が電話をかけたのは18時13分。友人が電話してきたのは18時21分。
 あくまで自分側の見解を文章にしているので、彼なりの事情はあるのかもしれない。だったら、お店に来てから自身で言えばいいのに、その選択は彼にはなかったらしい。
 自分も御祝いの宴の雰囲気を悪くしたとは思うが、彼は直接主賓に会って御祝いの言葉を述べる気もなかったのだろうか。

 別居している妻が昔自分に言ったことが、最近は重く感じることが多かったし、続いた。その言葉とは次のものだ。あなたは人との距離が近すぎる。
 今月に入ってから1人旅のように、車中泊をしながらひたすら雪遊びをしていたのは、昔からの友人はともかくとして、身内である弟と話をするのが嫌になったからだ。

 実際、10日以上1人で過ごしていて知人や友人と話したのはLINE通話をしてきた2人のみ。合算しても数分だ。それでも、全く寂しいとは感じなかった。
 以前なら一週間以上も1人旅をしていれば、寂しさを当たり前のように感じたことが、嘘のようだ。
 さらに、昨夜赴いた街中の駅に着いたとたんに、人酔いしそうになった。今後の仕事は通勤ラッシュなど無縁な場所でできるものが見つかればいいが。

 会の始まりは自分のせいもあり、気まずかったかもしれないが、主賓はそれなりに喜んでくれていた気がすることだけが何よりだ。
 めでたい酒宴は何回催しても悪くないはず。昨日の会に声をかけたけれど、事情があって参加できないメンバーのうち、1人くらいは幹事として再度会を催してくれても悪くない気がするが、そう思っているのは自分だけだろうか。もちろん、主賓の気持ちが一番大事だが。