淡白マスヲのたんぱく宣言 

アラフィフのオッサンの雑記。広く浅く、そして薄い視点で気楽に書いてマース。

10連休の憂鬱

 世間は10連休の真っ直中。副業も辞めて、微塵も労働対価を得ていない状態は、自分にとってはかなり久しぶりのこと。
 昨年まではプロジェクトの関係でゴールデンウイークが大型連休になったケースも何度かあったが、その分副業先のラーメン屋で働いていたので、休んでいることにはならなかったと、今振り返っては思う。
 ラーメンが好きだから気分転換になる、とまわりには口外していたが、勤めていた会社と同時に副業先のラーメン屋も辞めて、初めて当前のことに気がついた。人には休息が必要だということに。

 無職となって1か月が過ぎたが、あっという間だった。好きなことに、ただただ向き合っていただけだから。
 以前のようにパチンコを嗜んでいたら、全く違った1か月になった気がする。
 自分がギャンブルから遠のいてつくづく思う。何故人はギャンブルをするのか、何故ギャンブルを辞めるのは難しいのかを。

 この1か月、仕事をしている時よりも起床時間も就寝時間も早くなっているし、呑みに行く回数も減っている。
 したくないことをしないで済んでいること、会いたくない人に会わずに済んでいることで、ストレスが軽減されていることが原因だろう。
 体重も落ちたし、それ以上にBMIが適正値に近づいている。ここ最近の一番良かった数値は21.8。この数値は、中年男性にとってなかなかのものだろう。

 それでも、人は贅沢なものなのか、ストレスが全く感じない訳ではない。10連休に入ってから、憂鬱に感じていることがある。それは、スーパー銭湯の混雑だ。
 妻と子供が家を出て行ってからは、自宅での入浴が極端に減った。分不相応に建てた家の中で、自分が拘って選んだ足が伸ばせるサイズの浴槽がある浴室なのに。
 掃除をしなければいけないことと、矛盾しているのかもしれないが自分だけで使用するのは不経済な気がするからだ。

 自分が通っているスーパー銭湯は2カ所。両方とも、回数券を大人買いしているので、1回の入浴料金は500円ほど。どちらの銭湯も土日は料金が上がる。回数券を使用していないと高くなるのに、お客が増えるのが自分には理解し難いが。

 入浴は生活の一部。土日などのお休みに割高な料金を支払って、脱衣所どころか浴場まで芋を洗っている状態で過ごしても、少しもリラックスできないとは思うのに、どうしてお客が増えるのだろう?

 自宅から近い方の銭湯は、裏道を使えば車で5分ほど。通過する信号交差点も二つで済む。この銭湯には、自分の叔父がほぼ毎日訪れているので、時折顔を合わせる。
 一昨日も17時過ぎに自分が向かうと、炭酸泉の浴槽で見かけたので会話をした。天皇の退位をTVで見ている人が多いので空いていると思って来たら混雑していた、と自分が言うと、昨日はまだ空いていたのに、と叔父は答えた。

 最近は家族連れだけでなく、若者同士が連れ合っているのをスーパー銭湯でよく見かける。彼らは露天風呂で若い悩みを語り合っているが、自分は独り静かに入浴したいので、気になって仕方が無い。
 下戸同士なのかもしれないが、そういったことを語るのは居酒屋が向いていると思うのだが、今の若者にとって居酒屋は敷居が高いのだろうか。