システムエンジニアとして現場に復帰して1週間が過ぎた。というか、今の現場で働くことを決めたときに、エンジニアとしてのプライドを捨てたつもりでいたので、自分をエンジニアとして称するのはおかしい気もするが。
欲しい物を手に入れるために働くことを、人生で初めて決めたから。まわりが物の道理を知らない連中ばかりになることも覚悟していたからだ。
今の現場に復帰した初日、自分を驚かすような再会があった。自チームでオリエンテーションを受けているときだった。オリエンテーション中の資料に見たくない名前を見つけてしまった。しかも、プロジェクトのマネージメントの職で。
その名前は○崎。システムエンジニアとして多数の現場を経験してきたが、その中でも断トツで一番嫌な思いをしたプロジェクトがあった。TOYOTAのディーラーや営業マンを支援するための新しい販売管理システムを立ち上げるためのプロジェクトだったが、そのプロジェクトに関わった何人もが、人生の進路を変えることを余儀なくされた。
自分の同僚もある日突然に出社しなくなった。自分もこのプロジェクトに関わったことで、エンジニアとして現場常駐で働くスタイルから足を洗うことを一時は決意させ、社内SEとして働くことを選択させたのだった。
そんな忌まわしい記憶とともに、○崎の名前を忘れることは決してできなかった。
それでも、名前を見ただけなので自分と仕事上の接点があるかもわからない。冷静になるように自分に言い聞かせたが、それもすぐに無駄なことになった。
自チームのリーダーが自分を○崎に引き合わせて挨拶させたからだ。久しぶりに会った彼はサーファーのように陽に焼けて、耳にピアスをしていた。いい歳をして、見るからにチャラそうだった。
驚くことに彼は、自分のことをしっかりと覚えていた。よく、被害者が加害者のことを決して忘れないというけれど、自分にとって加害者であるはずの彼は何故、自分のことを覚えていたのだろう?
○崎と再会した初日、帰宅してすぐに行ったことがある。○崎のせいで、かつて一緒に泥水を飲んだメンバーたちにメールを送ったのだ。散々煮え湯を飲まされた男と自分が再会したことを。
すると、そのうちの2人からすぐに返信が来た。彼らにとっても、決して忘れることができなかったのだろう。 ただ、そのメールのやりとりをした後に、自分は考えた。まわりから落ち着いた、大人になったと言われるようになった自分が、試されているのではないだろうかと。
自分の欲しい物のために割り切って、鹿を馬と言うくらいは仕方が無いとも思っている。
昨日、自分の左隣に座っている男性エンジニアが散々ぼやいていた。そんな方法では仕事はできないと。
彼と一緒にある仕事をすることになっているので、彼の気持ちは痛いほどわかったが、あえて自分は言った。TOYOTAのプロジェクトだから仕方がないと。
彼はすぐに答えた。以前、経験したプロジェクトは違ったと。その言葉に、自分は何も答えなかった。
今、目の前にない理想を口にしても、何も始まらないからだ。少なくともTOYOTA関係の仕事に関わっているかぎりは。