のんびり過ごしていた先週末からの連休も今日で終わり、明日からはまた登壇の日々だ。
ゴールデンウイークはカレンダー通りだったのであまりリラックスできなかったけれど、この9日間でかなりのリフレッシュできたし、明日からの仕事の準備も少しはできた。
ただ、連休でもサラリーマンと違って、フリーランスは休んでいる間にはお金が入ってこない。
それなりにどこかで自分を律していたことに昨夜、気がついた。
精米が高止まりしている状態が続いているので、休みの間は一度もご飯を炊くことはなかったが、その反動が現れたからだ。
原宿まで写真展を見に行った帰り夕方、どうしてもご飯が食べたくて仕方がなくなってしまったのだ。
分倍河原まで戻ってくると、衝動的に松屋へ飛び込んで大盛りの牛めしをかけこんだ。
松屋でなくてもよかったと思う。吉野家でもすき家でもよかった。
ご飯を思いっきり食べたかっただけなので、お代わりや大盛りが容易く注文できるような定食屋でもよかった。
久しぶりに食べたご飯はあまりにも美味過ぎた。


続いている米価の高騰について、ほとんどの政治家が世論との考えが乖離してしまっている。
これまで全く期待することがなかった進次郎くん。意外にも少しだけ仕事をしてくれたことが目立っているほどだ。
だが、彼の小さな仕事の結果が自分のまわりには波及していない。
数日に一度はスーパーへ足を運んでいるが、備蓄米はともかく輸入のカルロース米さえ、自分は販売されているのを目にしたことがない。
明日からは職場で自作の弁当を食べるために今夜は久しぶりに炊飯器のスイッチを入れるつもりだ。
一合炊くか二合にするか迷っていたが、思い切って二合の米を給水した。
米食を我慢していることのメリットを少しだけ感じ始めている。
朝食にサラダとフルーツグラノーラを食べることによって食事中の咀嚼数が増えた影響だろうか。仕事中の集中力が少しだけ改善されているような気がする。
受講生が組んだプログラムに含まれているバグを、昨年や一昨年よりも早く指摘や修正することができている実感があるからだ。
それでもやっぱり、シリアルや麺類よりもご飯が食べたい。
仕事によい影響が出ても出なくても、食べたいものを我慢することなく食べたいと思うのは当たり前のことのはず。
昨夜の松屋からの帰り道。街灯が届かない暗い路地裏であるものが散らかっていた。
ある家の庭木から落ちた梅の実だったが、何かに踏まれて潰れていたものもあった。
