淡白マスヲのたんぱく宣言 

アラフィフのオッサンの雑記。広く浅く、そして薄い視点で気楽に書いてマース。

チャッピーに連れられて

 この文章は以下の記事の続きになっています(はじめての沖縄旅行についての雑記です)。
hatehatehahaha.hatenablog.com
 この旅の最後の朝も、目覚めがよかった。
 9時前に起きたので、本当によく寝たと思う。
 前夜にバスタブに浸かったこともあったし、島の宿よりは那覇のホテルの部屋だけでなく、ベッドも広くて寝心地がよかったこともあっただろう。
 ビッフェ形式の朝食付きのプランを選んだので、着替えるとそのまま食堂に向かった。

 部屋を出ると前夜にも気になっていたことがそのままだった。
 エレベータホール付近はそれほどではなかったが、自分の部屋付近の廊下では異臭が漂っていた。
 その匂いをあえて表現するならば、ジャーマンポテトが腐ったようなものだった。
 実際にそんなものを見たことも、口にしたこともないのに、どうしてもその表現しか浮かばなかった。

 朝食会場に入ると客は自分だけだった。
 土曜日の朝だったので他の客が居てもおかしくないと思ったけれど、チェックインしてからは他の宿泊客ともあまりすれ違わなかった気もする。
 宿泊料金はそれほど高いと思わなかったけれど、立地やその他のメリットで優れているホテルが那覇市内には多いのだろうか。」

 メニューはどこのビジネスホテルでもあるようなありきたりなものだった。
 特に美味しかったものも酷いものもなかった。ただ、あえて言えば白米の不味さが気になったくらいだ。
 だが、それも仕方がないと思った。今回の沖縄滞在で何度かお米を食べたが、どこでも似たようなものだったから。
 令和の米騒動の真最中という事情もあるけれどそれ以上に、沖縄本島も島なので美味しい水が手に入りにくいことが影響していたのかもしれない。

 朝食を済ませると少し休んでから、フロントに荷物を預けてチェックアウトした。
 那覇市内観光なんて興味を持てなかったが、今回の旅のプランニングをチャッピーとしていたら、那覇市内を観光することを強く勧められたので従っただけだ。
 昔から歴史好きだが、首里城にはこれまで興味を持ったことはほとんどなかった。二千円札に描かれていたことくらいしか連想できなかった城だ。

 ホテルからはモノレールに乗れば一時間くらいで着いたが、とにかく歩いたことが記憶に残っている。ホテルから乗車駅までも15分以上は歩いた気がするが、降りてから首里城までの方がさらに歩いた気がする。
 しかも、駅からは登坂が多くて、首里城がある公園は自分が考えていたよりも広くて坂が多かった。

 日本ではなく、琉球の国の城であっても高い所にあった方が防御するには有利だったからなのだろう。
 それに、エライ人は古今東西、馬鹿みたいに高いところが好きなのかもしれない。

 再建中の城だったが首里城は訪れてよかった。
 再建が完了したらまた来ても損はないかなとは思ったが、できれば涼しい時期を選びたい。
 でも、そんな時期に沖縄に来る理由が自分には思い浮かばなかった。

首里城からの眺め。

 首里城の次は国際通りを目指した。チャッピーが通り周辺を散策しながら食べ歩きなどを楽しむことを強く推したからだ。
 モノレールか路線バスに乗るか迷ったがバスを選んだ。駅よりもバス亭の方が近かったからだ。

 モノレールやバスの車窓だけでなく、歩き回っている最中に那覇の街を眺めていてなんとなく思ったことがある。
 それはちょっとした異国情緒。なんとなくそれまでに訪れた国内の他の街とは違っていたが、他の国であるとも言い難い微妙な差だ。
 ちゃちな台湾のようなイメージと言ってもそれほど外れていない気がする。

 本数が少ないバスを待って乗車した。バスが走れば走るほどにマンションを含めた高い建物が少なくなり、アパートや平屋の家が目立つようになった。
 国際通りは街中のはずなので、気になって確認したら乗っていたバスが間違っていたことに気がついた。

 運転手にそのことを告げると、次の次に停まるバス停の方が逆方向に行くバスに乗りやすいことを助言してくれただけでなく、このバスの乗車料金は要らないと言った。
 次に乗る逆向きバスで料金を支払ってくれればとのことだった。

 運転手のちょっとした心遣いにはほっこりしてバスを降りた。
 ただ、そのバス停には何もなかった。コンビニなんて目につくところはなかったので、小さな日陰を探して日差しをしのいだ。
 30分以上は待って国際通り方面へ向かうバスに乗った。
 このバスは走れば走るほどに街中に向かっていることを感じることができた。
 自分が乗ったバスの支払いは後払いでsuicamanacaなどの交通系ICカードは使えなかったのは不便だった。モノレールは使えたので、座間味村のバスも含めて改善してもらいたい気はする。

 自分がバスを間違えたこともあって国際通りに着いたら、ランチタイムと呼ぶには遅い時間になっていた。
 飛行機の時間も意識するほどの時間だったので、バスを降りて数分歩いたところにある店でタコライスとタコスを食べた。
 味は特筆するものはなかったし、現金払いしか対応していなかったのも気になったけれど、店内には日本人以外の客も居た。
 タコライスはともかく、タコスは沖縄なんかで食べるのではなくメキシコで食べる方が美味しいのではないだろうか。

 沖縄の旅の最終日に首里城国際通り周辺をぶらつくプランはチャッピーと相談して事前に決めていた。チャッピーとはChatGPTのことだ。
 最近の女子高生はChatGPTをそう呼んでいるとある友人に聞いたので、本当だろうか。
 今度、娘に会ったら聞いてみたい気もする。

 食事後は歩き疲れていたこともあってネットカフェで休憩がてら、この旅の最初の記事を書き上げた。
 お腹を満たすと、国際通りには全く魅力を感じなかったこともある。
hatehatehahaha.hatenablog.com
 それでも、ホテルまでの道すがら国際通りをさっと見回ったが興味を持てるものは何もなかった。
 素敵なガールフレンドと一緒ならば、お土産を買いまわることなども楽しいのかもしれないが、今の自分にとっては全くの無縁だ。

 ホテルまで戻ってくると15:00を過ぎていた。
 フロントで荷物を受け取ると最初はモノレールで飛行場まで向かうつもりだったが、少し歩いただけで嫌になった。旅行バッグを持って歩くには九月の沖縄はまだまだ暑すぎたからだ。
 ホテルまで戻ってフロントでタクシーを呼んでもらった。スマホのアプリで配車したが、上手くいかなかったからだ。
 地域によって、タクシー配車アプリの強弱があるのかもしれない。
 八月に比べると観光客は減っているようだが、それでもタクシーはすぐには見つからなかったようで、空港に着くとフライトまでは1時間を切っていた。

 帰りは人生初のLCC。ピーチ航空を予約していたけれど、空港での搭乗手続きはソラシドエアとはそれほど違わなかった気がする。
 ただ、荷物は機内持ち込み以外は有料であること。客席がリクライニングしないし狭いこと。アテンダントの容姿と制服が自分好みでなかったことなどを考えると、次からは乗りたくないと思えた。

 機内の席は通路側だったので助かった。足元が特に窮屈だったけれど、通路側に少し足をはみ出すことができたからだ。
 窓側の二席は若いカップルだった。頼まれて彼らの荷物を頭上に上げたりしたことがきっかけで時間潰しの会話もした。
 彼らにとっての沖縄の旅はどうだったのだろう? 旅ではなくて旅行だったのかもしれないし、それはそれで羨ましい気もした。
 自分が若いころにはそんな経験はできなかったし、今から欲しても手に入れることはできないからだ。

 行きと違って飛行機は定刻通りにセントレアに着陸し、車での帰路も無事だったので、こうしてこの旅の記録の最後を書いている。
 当たり前だけれど帰宅するとぐったりとした。疲れていたそのことが、旅の一番の意味だと思ったのは、これまでの旅と変わらなかった。
 それでも、いつの日かまた次の旅に出かけたいし、出かけなくてはとも強く思った。
 自分はやっぱり、旅人の一人なのだろう。

 この旅で感じたことはたくさんあったはずなのに、改めて文章にしようとすると上手くいかない。
 旅の途中、スマホで下書きを書きはじめたことが今では懐かしく思える。
 ノートパソコンを持っていればもっと詳しく記録できただろうが、パソコン無しの旅でよかった気もする。
 少しだけ、デジタルデトックスできた気がするからだ。(了)

今日の写真のモデルはまいさん。