淡白マスヲのたんぱく宣言 

アラフィフのオッサンの雑記。広く浅く、そして薄い視点で気楽に書いてマース。

紫陽花

 天気予報によると今日も一日晴れの予報だ。梅雨入りしたもののここ何日は雨らしい雨が降っていない。

 雨こそ降っていないものの紫陽花の花を見かけることが多くなってきた。紫陽花はやっぱり雨に濡れたまましっとりと咲くのが美しいと思うのだが、梅雨の晴れ間に凛とした姿を見るのも悪い気はしない。

 紫陽花を見るとマスヲが高校生のころに憧れていた国語の女の先生を思い出す。
 彼女はそのころ20代の半ばで、マスヲが高校3年生の時に現代文の授業を担当してくれていた。
 彼女がある日の授業中の雑談で異性からの交際の返事などの綺麗な断り方で次のように話してくれた。
『紫陽花が散るころまでには返事をするわ』、と。

 紫陽花は散らないまま花全体の色が変わっていき、やがて朽ち果てていく。桜や梅などのようにわかりやすく散ることのない花なのだ。
 紫陽花が散るころまでに返事をする、というのは返事をしないことと同じことだということを、少し照れながら彼女が説明していたのを思い出した。

 マスヲの高校3年生のクラスは理系の進路を選択したために男子クラスだった。男子クラスというのは女生徒の目がないことをいいことにろくなことをしないものだ。

 高校や中学などでは科目毎に先生が違うために教卓に座席表が置いてあるのが普通だろう。
 その座席表にマスヲの先生への思いを知る同級生がある日イタズラをした。
 なんかその日の先生の態度がおかしいのだ。全体的によそよそしく、特にマスヲとは目も合わそうともしない。
 そして授業が終わって彼女は教室から出て行った。

 彼女が退出したあとにクラスメートが教卓にある座席表をマスヲのところに持ってきた。
 するとマスヲの座席表の欄に『○×先生が好きです』と書いてあったのだった。
 それを見てマスヲは強烈に恥ずかしくなってきたし、誰が書いたのかと激しく怒っていたと思う。
 彼女の授業が始まる前にイタズラ書きをしたらしいのだが、今思うとそれも懐かしい思い出だ。

 先日、同級生が経営しているラーメン屋を訪れたら同級生がその先生が時々食べに来てくれると話していた。
 今では50歳を少し過ぎているころだと思うが自分が憧れた女性にはいつまでも素敵でいて欲しいと思っている。

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休むほどではないらしい

 昨夜の風呂上りからしばらくすると、右耳が突然聞えにくくなった。
 飛行機やスキーなどで高低差で急に気圧が変化すると耳に幕がかかったような感じがするが、その状態がずっと続いているような感じだ。
 唾を飲みこんだり大きな深呼吸をしたりしても治らない。
 寝れば治るかと期待してベッドに入った。

 今朝になっても耳は聞こえに憎いままでしかも耳とあごの間くらいが少し痛い。
 休暇を取って通院するか悩んだが、右耳は利き耳でもないので取りあえず様子をみながら出勤することにした。

 今の職場はとにかくコミュニケーションが無い。
 1日誰とも喋らないことも珍しくないが、今日は幸い左隣りの人と数回会話をしたくらいだったので、右耳の調子の悪さはそれほど影響なかった。
 
 15時を回っても耳の様子が改善しないので、不安になってインターネットで調べてみると、耳鳴りでも突発性とであれば早期に治療をしないと取り返しがつかなくなることもあるということがわかったので、心配になってきた。

 試しに右耳を指で塞いでみると今まで聞いたこともないような種類の耳鳴りまでしてくる。
 すぐに現場近くで定時後に診療を受けられる耳鼻科を調べて帰宅途中に診察を受けることにした。

 定時きっかりに事務所を出て、現場近くの耳鼻咽喉科に向かった。18時過ぎに医院に着いた。
 季節柄か待っている患者は少なくすぐに診察を受けることが出来た。

 問診、聴覚検査と骨伝導の検査を受けた結果、医師から左耳に比べると右耳の低音が聞こえにくくなっている状態だそうだ。
 病状名としては、低音障害型感音難聴になるそうだ。症状の原因としては疲れやストレスらしい。
 治療方法としては服薬と安静にするようにと言われた。

 出勤は控えた方がいいですか、マスヲは嬉しくなって医師に聞き返した。
「休むほどではないですよ」、と医師に即答された。
 体を動かすような仕事でないことがカッターシャツとスラックスから判断されたのだろう。
 一瞬でも明日公然と休めることを期待してしまったので、少しがっかりしながら帰宅した。

出戻りから3日目

 書きそびれていたが、実は先週の土曜日の午前中にマスヲが以前所属していた同人誌を主宰している方の自宅を訪問していた。
 当初の目的は「振られた女性に連絡すること」で触れた次回の同人誌の合評会に参加するために、同人誌を受け取るためだった。

 実はこの主催されている方はマスヲの文章を書くことである師であるかたであり、「祝・淡白宣言50日継続企画 マスヲが文章を書くようになったわけ」でマスヲがカルチャーセンターの講座を受けたときの講師でもある。

 訪問した際に1時間ほどいろいろと懐かしい話をしているうちに、最初は合評会を見てから考えようと思っていた同人誌への復帰を一気に決めてしまったのだ。
 気分よく出戻りを許して頂いて師であり、同人誌の主宰に感謝している。

 マスヲは今年の木の芽時くらいから、数年前のもらい事故の古傷の調子が悪くなってきたので接骨院に通院している。
 施術が確かなこともあって近所での評判も良いために診察までに待たされることが多いので、その時に読んでいる本を持って通院している。

 土曜日、主催宅を去った後にその接骨院に通院した。
 その際に、先生にいつもと持っている本が違うことを指摘されたので、マスヲは同人誌であることを説明し、同人に出戻りしたことを話した。
 すると先生から同人誌に参加するメリットを質問された。
 ないですね、とマスヲは笑いながら即答した。
 理由を聞かれたので以下のデメリットを上げた。

  • 自分の好みで無い作品や文章力や構成などがつたないために読みにくい小説やエッセイを読まなくてはいけないこと。
  • 読んだ作品をお互いに批評する合評会に参加した際は苦労して読んだ作品に意見するのだが、その仕方によっては作者に嫌われてしまうことだ。(過去には泣き出してしまった作者や批評された内容が気に入らずに退会してしまった同人もいた)

 先生も冗談半分に何もいいことないですね、と笑いながら施術をしてくれた。ほんとですね、とマスヲも笑いながら施術を受けていた。

 同人に戻って3日目の今日までになんとか次回の合評会で扱われる作品の7割ほどの初読みは終わったので、少しほっとしている。
 以前は合評会までに作品に目を通すことが苦痛でしょうがなかったからだ。

 全体的な印象として以前マスヲが所属していた時よりもどの作品も読むのに時間がかからなかった。
現在同人誌に参加している方たちのレベルが当時よりも高くなっているためなのか、マスヲの読むスピードが上がっているのか、それとも以前より内容に入りこまずに手を抜いて読んでいるだけなのか、理由は今のところわからない。

 今日も接骨院に通院し、同人誌を持っていることを先生に言われた。
 施術中にぼんやりしていたら同人誌に参加していたころのメリットに気が付いた。

 同人の構成は職業や年齢や性別も様々だ。当時のマスヲは20代だったが、他の同人は圧倒的に様々な面で当時のマスヲよりはキャリア積んだ方たちばかりだったが、彼らの前で批評をしなければならなかったために、まず度胸がある程度ついたことだ。器の小さなマスヲにとっては大きなことだろう。

 もうひとつのメリットは話術の向上だ。
 合評会はある日曜日の昼下がりに、休憩時間もなく3時間にもわたって行われる。
 いくら趣味の集まりであってもマスヲ自身も途中で眠くなることや集中力を欠くことはしょっちゅうだった。
 なので、マスヲはなるべく皆が眠くなったりしないように工夫して意見するように心がけるようになった。
 ユーモアのセンスがあるとは言えないけれど、無理してでも話の最初に笑いを取りにいったり、わざと前の批評者と逆説的な意見を強調するなどの工夫をした。

 あとはその作品の会の中での批評のバランスをとることにも気をつけた。
 マスヲはお銚子ものなのでけなされるよりは褒められる方が好きだが、普通の人も大半はそうだろう。
 難が多い作品だとどうしても厳しい意見が続出することが多くなる。そんな時でもできるだけ良い点を見つけ出し、そこを強調したりもしたと思っている。

 今回はひとつの作品を除いては、作者は知らない人ばかりでどんな人が書いたのかお会いするのも楽しみになってきた。
 そんなことを考えたり、書いたりしていると10年以上ぶりにでる合評会が楽しみになってきた。

好きな曲を増やすこと

 昨夜は友人と飲み歩き、別れ際の交差点でいろいろな話をしたおかげが今朝は目覚めが良かった。
 最近、目覚めがよくない日が多いのでベッドから出る前にスマフォで1曲音楽を聴くことが毎朝の習慣になってきた。その1曲の選曲がその日の寝起きの気分にフィットすれば、素晴らしい1日になりそうな気がしてきて少しだけ幸せな気分になる。

 今日はその選曲がここ数日にないくらいフィットしていたので、ベッドを出てから朝食を取り、副業先にでかけるまでは非常に気分よく過ごせた。
 ただ、どうしてその選曲を選んだのか自分でもわからなかった。最近、そのミュージシャンの他の曲を聴いたり、そのミュージシャンの情報を見たりした記憶がなかったので不思議に思っている。

 20代のフリーター時代に鼻歌を歌いながら仕事をしているのを聞いていた友人が、ある日のことマスヲをうらやましいと言った。彼から見ればマスヲが様々な自分の気分に合わせて鼻歌を歌っている様子が羨ましく映ったらしい。
 彼はその当時、オタクの世界に浸って生きていたせいでアニメソング以外の曲をあまり知らなかったからだった。

 マスヲにでもある時期までは(ひょっとしたら今でも?)確実にオタク性はあったと思う。
 数年前、年上の異性の友人2人とカラオケに行ったときに、あるアニメソングのオープニングテーマを歌うことを無茶ブリされた。しかもその無茶ブリのされ方がアニメのタイトルを相手が思い出せないどころか、歌詞の一部や出てくるキャラクターの断片的な話しの中からそのアニメを推測するところからはじまった。
 彼女たちからの限られた情報から推理すると、どうやら『宇宙船サジタリウス』のオープニングテーマの「スターダストボーイズ」だったことが分かった。
 マスヲは当時このアニメも好きだったし、オープニングテーマも好きだったがカラオケのタイトルテロップを見て驚いた。作詞者が阿久悠だったからだ。
 それだけでこの曲の歌詞が印象的で一部ではあるがその場にいた3人が覚えていたことに納得できた。
 今まで聞いたことが無かった曲や聞いたことがある曲でも聞き直すことによって新たな発見をすることで好きな曲を増やすことは、自分の人生を豊かにできる方法の1つだろう。マスヲはこれからそのような曲をいくつ見つけることができるのだろうか。

 ちなみに今朝ベッドから出るときに聞いた曲は「THE ALFEE」の「君が通り過ぎたあとに -DON'T PASS ME BY-」だ。

海が聞こえなくなるところだった

 昨夜は疲れていたこともあって、寝つきはよかったが目が覚めたのもはやかった。
 スマフォで時間を見ると午前2時過ぎだった。
 さすがにまだ眠りたかったので睡眠薬だけ服用したのだが、一向に睡魔は襲ってこなかった。
 あきらめながらベッドで目だけ閉じていたら、無くしていたものの場所を思い出したのだ。

 それは自分の中の大事な『海』。
 『海』と聞いてパチンコを連想する人はりっぱなパチンコ狂だろう。マスヲもむかしは筋金入りのパチンコ気ちがいだった時期があった。
 独身時代に会社を辞めることを考えていたのだが、その時に問題となるのが家のローンの支払いだった。
 辞める前に徹底的にリサーチして何とかパチンコの稼ぎだけで家のローンを払い続けられる見通しが立った後に会社を辞めた。
 数か月そんな生活をしていたのだが、ある日そんな暮らしをしているのが嫌になって働いたお金で暮らす生活に戻ることにしたのだ。

 話が脱線したので元に戻すと、マスヲにとって大事な『海』とは氷室冴子著『海がきこえる』のことだ。
 作者は故人で6月が命日だったことはうる覚えだったのでwikiで調べたら6月6日だったので命日に久しぶりに読み返したくなり、本棚を探したのだが見つからなかったので落胆していたのだ。

 ある友人と20代のあるころまでは『海がきこえる』と吉本ばなな著の『ムーンライト・シャドウ』の読中感と読後感が被ることが多く、ともに何回か読み返すことが多かったのだが、やがて『ムーンライト・シャドウ』のほうは読み返すたびにかつての輝きを失っていくのは何故だろうと、語り合っていたことをたまに今でも思い出す。

海がきこえる』には続編があり、その続編の後書きには40歳過ぎの医者から感想が作者に届き、作者が恐縮したことを書いていたのがずっと気になっていたので、マスヲも40歳を過ぎたら読み返したいとずっと思っていたのだ。

 その大事な『海』はベッド再度の紙袋の中に他の本と一緒に保管してあるのを思い出して取り出して、読み返しはじめたが、最初の数十ページを読んだだけでも懐かしさだけでなく、寝不足な頭の中ででもいろんなイメージが広がっていった。
 早寝早起きは三文の徳?