昨日は自分にとって仕事初め。本業であるシステムエンジニアとして参加している現場は6日の月曜日からだが、副業である灯油の巡回販売の仕事は昨日からだった。
自分が住む街では元旦は冷え込んだので、それなりに売れるだろうと心積もりをして出勤したのだが、結果は芳しくなかった。
今までで、一番売上げの少ない日になってしまった。
昨日から灯油の販売価格が18 ℓで60円値上がったことも影響がない訳ではないだろう。
3円分、市井の人たち一人一人に対して、どこからかお金が降ってくることはないのだから。 最初に回った営業エリアで高齢の男性客とのやり取りが、印象深かった。こちらが値段を言うと彼は次のように言った。上がると思ってた、と。
続いて、彼が考えていた値上がりの根拠を話してくれたのだ。イランとアメリカとのことを。世界の動きのことを彼は押さえていた。
そのことを知ってはいたが、ただそれだけだった。ニュースについて、なんら考察していなかった自分。
年末年始、久しぶりにドル円が急速に動いたが、中東情勢との関連に気がつけなかったのは、我ながら情けない。
ただ、そんな彼に対しても、この仕事をするようになってからよく考えている疑問を投げかけたくなった。何故今の場所に住んでいるのかを。
自分が灯油の巡回販売を担当しているエリアのほとんどは、山間地を造成して作られた住宅地。俗に言う、団地やニュータウン。戦後の社会の成長にあわせて、日本全国の大都市近郊のあちこちで山が削られて同じような作られた街。
今となっては、そのような都市計画が間違っていたと言えるだろう。
人口減少と過疎化、二つのキーワードが流布するにしたがって、コンパクトシティなる言葉がよく聞かれるようになってきたのが、その説明になるのではないか。
中東に不穏なことが起きたら、石油製品の価格が変動することを予期できた人はそれなりにいただろう。
だが、日本の人口と地方の地価が下がっていくことをどうして想像できなかったのだろう? 一歩先を読むことよりも数歩先を読むのが難しいことは、ある程度推測はできるが、それなりに知見がある人たちでも難しかったのだろうか。学者などの有識者、政治家や行政を仕切ってきた官僚たちでも。
もし、自分が来年も同じエリアで灯油を販売すれば、同じ思いを一層強くするかもしれない。
もう一つ、昨日起きたことで印象に残っていることを記して、今日の記事を終えたい。
ローリー車のハンドルを握っていると、自分よりも少し年上の夫婦に突然、呼び止められた。
車から降りると、次のような言葉を彼らは口にした。お宅で灯油を買っていた母が亡くなったと。古くなって水が入っているかもしれない灯油をポリタンクごと、引き取ってもらえないかと。
彼らは親が住んでいた住居にそのまま住むようには思えなかった。団地やニュータウンは、時代に使い捨てにされただけなのだろうか。