すっかりフィルターにハマってしまった。
フィルターと言ったら、世間の人は何を想像するのだろう? 今の自分にとっては、一眼レフカメラのレンズフィルターのことを差すのだが。 フィルターを使い始めたきっかけを与えてくれたのは友人。自分のポートレートを撮ってくれたカメラマンが、PLフィルターのことを教えてくれたことだった。
先週、別のフィルターも手に入れて、あるモデルさんのポートレートを撮影したところ、雰囲気のある写真になったので、自分でも気に入っている。
そんな彼とLINEのやりとりをしているときに、フィルターの話になった。
写真撮影では自分の師匠でもある彼は次のようにつぶやいた、明るさが大きくなるフィルターが欲しいと。
暗さが大きくなるフィルター、減光フィルターなる商品はあるが、その逆のものはない。半分は冗談だったのだろう。
自分は次のような言葉で返した。過去が写るフィルターが欲しい、と。
それいいね、と友人もすぐに同意してくれた。
今の技術をもってすれば、明るくなるフィルターをなんとか開発できるかもしれないが、時間を遡った情景を撮ることは、今の技術では無理だろう。
ここまでくれば、ユーモアを通り過ぎてSFの世界の話になってしまう。
だが、改めて考えてみた。何故、過去だと自分は思ったのだろう?
逃したと思っているシャッターチャンスが、数多く心の奥底に引っかかっているのだろうか。
SF的な発想であれば、未来でもおかしくないはずなのに。過去よりも未来の情報をわかった方が、楽に金銭を得る方法だって多そうな気もする。
未来を知ってしまうと、がっかりしてしまうことも多いのかもしれない。
自分の10年先、20年先を想像しようとしてもイメージが沸かないし、ひょっとしたらそんな未来は自分には無い可能性だってゼロではないだろう。
過去が写るフィルターは自分が知るかぎり、Amazonでも売っていないので、誰かに頼むしかない。
まず浮かんだのはドラえもんとドク。
ドラえもんは初期の設定では21世紀から来たことになっていたし、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でドクと主人公のマーティが行った未来は2015年。
少なくとも、ドクとマーティが旅した未来は過去になってしまったのが、少し不思議な気がしている。