今年になって他人から聞いた言葉で一番インパクトがあったのは、金にならないから。
この言葉は、ほぼ自分と同じ年齢の男性が発した言葉だった。
その男性は自分が毎土曜日に従事している灯油の巡回販売先での上司である営業所長。
彼は高校生のころにファミレスで人生初のアルバイトをはじめたのだが、一週間ほどですぐに辞めたらしい。その理由を彼が説明していた時に出てきた言葉が、『金にならないから』だった。
なるほどと思ったし、その言葉は日が経つにつれて自分の中で重くなっている。
所長は自分の一つ年下。自分とほぼ同じように50年近く生きている間、一つの価値観に執着するかしないかだけで、自分と大きな差ができている。
彼は誰もが知っている外国製の高級車に乗っている。自分は中古のコンパクトカー。
アラフィフにもなって、そんな車でさえ手に入れるのが自分にはやっとだった。
彼以外に自分の身の回りで外車に乗っているのは二人。一人は小学校からの友人で一人は実弟。
二人には共通点がある。一番多きい共通点と思えるのはお金にしっかりしていることだ。彼らのまわりの誰もが知っているほどに。
彼らには別のちょっとした縁もある。友人には妹がいるが、自分の弟とは小中学校の同級生だったからだ。
友人は学校を卒業すると大手デパートに就職し、外商部に配属されたらしいがすぐに辞めた。
会社も自分ももうからないからと、グラスを傾けたときに聞いたことをおぼえている。かなり昔なので、友人は話したことは記憶にないかもしれないが。
自分の友人たちの中でも彼は悪く言われることも少なくないが、自分は昔から一貫して好意的。
わかりやすく生きているのがどことなく憎めないからだ。
昔から軽薄に生きているように見えるが、決して悪いことではないと自分は思う。
今では自ら会社を興した経営者になった彼。自分なんかは足元にも及ばぬほど羽振りはよさそうだ。
前回、他の友人と三人で飲んだ時にはこちらのプライドを気にしてくれたのか、割り勘にしてくれたような優しいところもある。
話を所長との会話のことに戻そう。
高校時代からお金に対する執着を抱き続けているだけで乗っている車に差が表れてしまったと自分は口にした。
所長は強い調子で次のように言った。好きなことにだけお金を使ってきただけ、と。
だが、彼の下で働くほとんどの人間は彼の妻も高級外車に乗っていることを知っている。
それに、本当のことを指摘されると感情的になるものが人間だろうし。
自分は彼のことを責めた訳ではなかったので、気分を害したのは申し訳なかった。
お金に対して執着して生きようと決意したのに、執着しきれないままの自分が許せないだけだったのに。