淡白マスヲのたんぱく宣言 

アラフィフのオッサンの雑記。広く浅く、そして薄い視点で気楽に書いてマース。

想い出の上書き

 京都、三条のホテルで目覚めた火曜日の朝。
 ビッフェスタイルの朝食を食べるとチェックアウトして、三条駅に向かった。京阪で大阪へ向かうために。

 京阪には20年近く、乗っていなかった。
 最後に乗車した区間は京橋から門真まで。その時は、パナソニックの本社に訪れるのが目的だった。
 応対してくれたパナソニックの部長が本社入口の守衛と受付係の女性が直接雇用ではないことを話していたことが記憶に残っている。
 今の大企業では当り前のことが、その時の部長は違和感を抱かずにはいられなかったのかもしれない。

 三条駅に着くと先発電車は淀屋橋行きの快特だった。一部の車両が指定席だったので、思い切って選択したのは正解だった。
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 車両内は3列シート。一人あたりのスペースはゆったりとしていたし、座席に座るとやわらかで気持ちよかった。
 新幹線のグリーン車よりもずっと快適だったのに、対価はたったの500円。
 車窓をぼんやりと眺めたり、うたた寝していたら、あっという間に淀屋橋だった。

 大阪市内では、関西在住のフリーランスモデル3人のポートレートを撮影した。3人とも、自分が気にいっているモデルばかりだった。
 彼女たちにお願いしたのには、自分なりに意味があった。

毎朝、通勤のために歩いていたグランフロント近辺にて。

 システムエンジニアとして20年。様々な客先で仕事をしてきた自分。思い返すだけでも嫌な記憶は多い。嫌な記憶ばかりかもしれない。

 大阪で仕事をしたことは一回だけなのに、自分の中では記憶が強く刻まれている。
 たった半年ほどだったのに、これまでに自分が手伝ったプロジェクトではワースト2。

 プライベートでも悩ましいことが多かった、あのころ。
 末期の膵臓ガンによって父の死が迫っていたし、別れた妻との不仲が決定的になったのもそのころだった。

 毎日、不必要だとしか思えなかった残業を強いられていた。出張先だったのにもかかわらず、自分の労働超過時間が上位会社から指摘されていたほどだった。
 当然、仕事が終わるのは遅かったのだが、連夜のように繁華街でヤケ酒を煽っていた。
 会議で罵倒された後にオフィスを飛び出して、近くの公園のベンチにへたり込んだこともあった。

 そんな煩わしい過去の記憶を上書きできる機会をずっと探していたが、やっと自分の思いがかなった。素敵な三人の彼女たちの助力によって。

 ロケ地などにもこだわりがあった。オフィスがあった近辺やそのころに所属していた本社の近く、通勤ルートや飲み歩いていた繁華街などなど。
 その中にはポートレートのロケ地として似合っていない場所があったかもしれない。

 そんな想いで撮影したせいか、帰宅すると疲れ切ってはいたが、タイトなスケジュールの中でも出かけてよかった。

今日の写真のモデルはかのんさん。