淡白マスヲのたんぱく宣言 

アラフィフのオッサンの雑記。広く浅く、そして薄い視点で気楽に書いてマース。

マスヲのinstagramのフォロー対象

 朝の通勤時にinstagramを楽しんでいる。

 これから仕事だと思うとどうしても気持ちが上がってこないので、無理矢理にでも気持ちを上げるために好きな女性タレントをフォローして魅力的な彼女たちの姿を見るためだ。

 淡白家の男子は総じて女性好き。マスヲが女性好きなのは遺伝のせいにしている。

 

「あの看護師の足は太い」、が亡くなった祖父の最後に聞いた言葉だった。今でもはっきりと覚えている。癌の末期患者がそんなことを思うのだろうかとびっくりしたからだ。

 父も癌で無くなったが、こちらがお見舞いにいくと看護師の話題ばかりしていた。

 

 今フォローしているのは橋本環奈、山本美月石田ゆり子葵つかさ比嘉愛未の5人だ。中でもお気に入りは石田ゆり子さんだ。

 更新も多いし、マスヲより年上で魅力的なままでいてくれるのは本当にうれしい。ドラマ『101回目のプロポーズ』を見てからずっとファンで、『逃げるは恥だが役に立つ』を見るきっかけはガッキーではなくて彼女だった。

 

 文春の報道のせいもあるかもしれないが、心無い『嵐』の女性ファンのせいだと言われているが、葵つかささんの更新が最近ないのも寂しい。

 井上真央さんよりも彼女の方がマスヲから見たら被害者だと考えているのに、人間のものの見方というのは、理解したいようにしか理解しないという典型だと思う。

 

 最近、1番気になった投稿が比嘉愛未さんの以下の投稿だ。

 今看護師役を演技させたら、彼女が1番魅力的だとマスヲは思っているし、彼女のような看護師に看護してもらえるなら今すぐにでも入院したいくらだ。

 

 彼女は沖縄生まれ。沖縄県は唯一先の大戦で戦場になった場所だ。

 マスヲより若い彼女がこのような投稿をするのは、そんな場所で生まれ育ったことが戦争での破壊や喪失や生死を考えさせる土台になっているのだろうか。

 

 長崎の爆心地と平和公園は訪れたことがあるが、広島は何度か訪れているのに原爆ドームは訪れたことが無いので1度は訪れるべきだと改めて思い直したマスヲだった。

https://www.instagram.com/p/BUI1a0PA6NU/

体調不良で午後出勤のメール

 以前書いた記事、「キング・オブ・クズ Ⅱ」でマスヲが偏頭痛であることを書いたが、今日までほぼ毎日症状が続いている。

 日によって症状の程度に差はあるのどが、冷えピタシートを禁止されてからはお手洗いの冷水で患部を洗い冷やしたりしていた。
 濡れたハンカチを患部に当てたりしているのが、クズの目にでも入ったら、どんな態度を取られるかを考えると腹がたってしょうがないからだ。

 昨日は午前中の出社直後から症状が出はじめたので、午前中で退社した。そして、今朝は久しぶりに夢も見ず、深い眠りだった割には初めてのタイプの耳鳴りで目が覚めた。
 朝食を食べてしばらくすると偏頭痛の兆候が出てきたので、考えて全休することにした。

 マスヲたちの業界では、規模がある程度になるとメンバーの勤怠がメールで流れることが多い。
 例えば次のような感じだ。
『各位 サイトウ(仮名)は本日体調がすぐれないため、午後出勤になります。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いいたします。』

 初めから全休を謳えばまだ分かるが、上記のようなタイプのメールの場合はたいてい午後一番に、以下のように訂正されたメールが再送されることが多い。
『各位 サイトウ(仮名)は本日体調が回復しないために全休とさせて頂きます。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いいたします。』

 マスヲの体感ではこのように訂正メールが流れるケースは8割以上だ。
 よっぽどこのようなメールを送ることになる方が仕事を頑張っています、アピールだと思うのだが、案外そんなことをするタイプのほうが評判も良く、評価されているような気がする。

 正直、マスヲはこのようなメールを出す人間を軽蔑しているし、馬鹿にもしている。
 結局自己管理が出来ていない人間だと思うのだが、自分の体調を自己管理している人間が誤解され、まったく自己管理できない人間が評価されるのに、特に腹を立てていることが当分収まりそうにない。
 

ドナルドダック

  朝、ガラスがぶつかる音で目が覚めた。時計を見ると6時過ぎ。

それが何の音か、そして今日が何曜日かを理解した。

 ガラスがぶつかる音は、空き瓶を資源ゴミの回収箱に入れる音だろう。

 先月に回ってきた回覧板で、資源ゴミの回収日が水曜日から月曜日に変わる案内も回ってきていた。

 

 一昨日の土曜日、娘と実家を訪れたときに実家の門に『組長』と書かれた割りと目立つプラスチックの板が、掛けられていた。

「組長って何」と娘に効かれたが上手く説明できなかった。

 町内会や組長という仕組みは、日本中どこにでもあるのだろうか。

 この地区だけの独特のものなのだろうか。

 

 昨年、マスヲは町内会の組長だった。組長は1年毎の持ち回りで担当するがマスヲの組は9軒しかないために、9年に1度回ってくる。 

 マスヲの住んでいる町内は町内を南北に分断するように幹線道路が走っており、その南北でも土地柄もだいぶ違う。

 幹線道路の北部は昔からの住宅地で真ん中に大きな公園もあり、ずいぶんのんびりした雰囲気で昔からの住人も多い。

 幹線道路から南部は、南端が河川の堤防になっており、その川沿いを中心にむかしから小さな会社や工場、建材屋や運送会社などが多い。

 最近になってからは、住宅が少しずつ増えてきているので、比較的最近住みだした住人が多い。

 ちなみにマスヲは幹線道路の北側に住んでいる。

 

 昨年の何回目かは覚えていないが、ある組長会議のときに、保健委員の方からの申し出で町内会長からの依頼があった。

 資源ごみの回収日に、手の空いている組長に資源ごみの間違った分別の整理や指導、清掃などを手伝ってもらいたいとの提案だった。

 少し前までは保険委員の方だけでなんとか間に合っていたが最近になってマナーが悪くなり、保険委員の手だけでは足りなくなってきたからだ。

 

 町内会長が弱弱しい感じで手伝ってもらえる希望者を促していたが、言い方や調子を変えても手を挙げるものはひとりもいなかった。

 マスヲから見れば当たり前の話だし、時間の無駄だと思っていた。

 

 マスヲはあきれ果てて町内会長に提案した。組長の全員参加を強制にし、参加日を町内会長たちに割り振ってもらえるようにと。

「淡白さん、そうはいってもそれぞれ仕事など様々な事情がみなさんあるから」と町内会長は言い出した。

「そんなことを言っていたら、この会議はいつになっても終わらないですよ。私だってこんな仕事強制でなければやりません」マスヲは呆れて言った。

 町内会長はまだ、言葉を濁そうとするので今度は強い調子で言った。

「仕事なんて言い訳になりません。有給休暇を取得すれば解決する問題ではないですか、計算上は月1回になるはずですよね。」

 それでも町内会長はマスヲの提案に寄り添わなかった。

 他のメンバーの視線がマスヲに集まり、私ひとりが悪者になったような雰囲気だった。

 結局、この議題は町内の役員が一旦持ち帰ることになって、その日の組長会議は終わった。

 

 数日後、町内会長から電話があった。

「淡白さん、あのときは悪かったね。」会長は続けた。「副会長たちとも話しあったのだが結局淡白さんの案しかないということになったんだ、それだけ言いたくて電話して………」

 マスヲは呆れて何も言わなかったと思う。

 

 先日、マスヲが資源ごみを捨てにいくと、顔見知りの人に挨拶された。

「やってみるとなんでも大変だよなぁ」定年後の男性だったが感じよく言っていた。

 

 むかし読んだコラムに物事の本質を捉えたり、解決したりするのはドナルドダックのようなタイプの人間だと書いてあった。

 学級委員タイプのミッキーマウスやミニーマウスはニコニコして議事を進行するだけで、人の好感度を気にしているせいか結局何もしない。

 ドナルドダックは的はずれのようなことを言ったり、会議をまぜかえしたりするが、案外真相を突いたりすることが多いと。

 誰だって人から好かれたいのは分かるのだが、皆がミッキーやミニーでは物語は進まない。

 

ファイナル1

 昨日の天気予報が雨だったのと、娘との夕方からの約束のために、昨日はスキーを諦めた。今日は夕方の17時から予定があったため、今シーズンのスキーは先週で最後になってしまったと半ば諦めていた。

 

 診療内科で処方されている、安定剤と睡眠薬を飲んで寝たのに、目が覚めると3時過ぎ。時計をみながら、薬の効き目と自分の本能的な欲求にびっくりした。

  今日の夕方の予定を考えて諦めるよりも、すぐに決心をした。今日のゴンドラの営業時間は6時から15時まで。今からすぐにでれば、6時過ぎにはチャオ御岳スキーリゾートに着くはずだ。4時間だけ、滑って帰宅しようと。

 布団から出ると出発までは早かった。着替えて、スキー道具一式を積み込んで、3時30分過ぎには家をでた。

 

 夜が明けるのが早くなってきているとはいえ、しばらくはヘッドライトを点けて走る必要があるほど、幹線道路までは真っ暗だった。そのせいで、高速に乗る前に寄ったコンビニの照明がいつも以上に明るく感じた。

 先週も高速も国道19号線も空いていたが、先週より1時間以上も早いことと、GWが明けたこともあってか今週は更に車は少なかった。

 

 中津川インターで高速を降りるころには世が明けきっていた。国道19号線沿いの桜はすっかり葉桜になっていたが、かわりに霧がときどき前方の視界をぼんやりさせていた。 

 国道19号を曲がり、御岳の麓を回り込んでいくとしだいに散り始めの桜がちらほら見え始め、開田高原にでると枝垂れ桜ではあるが、満開の桜がまだ楽しめた。

 

 だが、今日の目的はあくまでスキー。ゲレンデを目指していそうな車に会わなかったので、少し不安になったがゲレンデの手前10キロほどでそれらしい車を見つけてほっとした。

 

 ゲレンデが近づくにつれ、少なくなってきているとはいえ残雪を残している御嶽山と、2、3キロメートルになると、道路脇の日影に僅かながら残っている雪を見て、気分も高揚してきた。マスヲが駐車場についたのは6時過ぎ。第1駐車場はまだそれほどの車は止まっておらず、のんびりした雰囲気だった。さすがにこの時期まで滑る雪バカは少ないのかと少し自分を自嘲した。

 

 スキーウエアに着替えて朝一番のゴンドラに乗ったのは6時30分ごろ。しかも、マスヲひとりの貸し切りだった。

 一本目を滑りだしてすぐに思った。無理して来て良かったと。昨日の雨のせいとゲレンデキーパーのお陰もあってかこの時期としては、素晴らしいコンディション。

 少しバーンが硬いという人もいたが、マスヲにとってはまだゲレンデに人が少ないこともあってか久しぶりに高速ターンを楽しむことも出来て、爽快に滑走できた。

 朝2番目のゴンドラでは進行方向と逆に座ったために、乗鞍方面の左手に美しい雲海が広がっていたのが見える。これも春スキーの魅力だろう。

 

 8時を過ぎると次第にゲレンデは緩みはじめた。

一旦、緩みはじめるとゲレンデコンディションの変化のスピードははやい。

 山麓のゴンドラの乗車を促す従業員も気がつくとTシャツだった。マスヲもスキーウエアが次第に暑くなってきた。

 やはりウインタースポーツシーズンは確実に終わりに近づいているのだ。

 

 当初は10時であがるつもりだったが、この時期に滑れるだけの満足感が高まってきて次第に、もう少し早くあがるつもりになってきた。

  6本ほど滑ってゲレンデのベースまで降りてきて、時計を見ると9時をさしていた。

空を見上げると、素晴らしい青空が広がっていたので、もう1本だけ滑ることにした。

 

 ゴンドラ降り場で従業員にいつものように「行ってらっしゃい」と声をかけられて「行ってきます」といつもと同じように返したが、心のなかでは『また、来年!』とつぶやいた。

 

 一応、来週末も営業予定だが滑走できるかはそれまでの天候と当日の天気次第。それを考えると今日強行スケジュールできて、良かったと思っている。

 

 帰りに駐車場に戻ってくると朝1番で閑散としていた第1駐車場は満車となっていた。

 自分の車のカギを開けて後ろのトランクスペースでまだまだ十分な残雪を残している乗鞍岳を見ながらスキーブーツを脱いでいると奥の駐車場へ向かう車が数台通り過ぎていく。

 彼らもまだ今シーズンの冬を卒業できないのだろう。

[乗鞍岳]

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[センターコース]

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5月の第2土曜日

 別居している娘が最近マスヲの仕事がどのようなものかに興味を持ちだした。
 娘は今、小学校の2年生。今の仕事を説明するのは彼女の年齢を考えると少し難しいと思うし、照れもあるのでなんとなくしか説明していない。

 むかしの仕事ならばこちらも照れも少ないし、彼女の年齢を考えてもわかりやすいと考えたので、毎年この時期に訪ねている昔のお客さんのお店につれて行った。

 お客さんと言ってもマスヲと年齢も一緒で、若いころは飲みにいくのはもちろん、コンパにも誘ってくれたくらいの気心の知れた仲だ。
 そのころマスヲは生花の仲卸の会社に勤めていた。

 彼と仲良くなったきっかけは、彼の母親が経営していたフラワーショップに配達に行ったときに、息子を会社で修業させてもらいたいとの、彼女の申し出からだった。
 もちろん、今も昔も会社も違ってもマスヲはヒラリーマン。一旦、持ち帰り社長に相談したら了承が出たので、彼が週に3日アルバイトをすることになったのだ。

 今から20年ほどのむかしの話を蒸し返すようで、彼には悪いのだが、当時はお互い20歳そこそこ。
 若者の特権かお互いに夜は強いのだが朝は弱かった。マスヲは社員の中では当時最年少で使いぱっしり。
 市場の業界は朝早いのは当たり前なのだが、マスヲの場合は全社員の中でも出社に求められた時間は一番早かった。
 曜日によっては深夜2時に出勤しても怒られるほどで、他の社員より早く起きて出勤しているせいもあって当時はまったく納得できなかった。
 その一方で彼が出社に求められた時間は4時。それでもよく遅刻をし、その度にマスヲが電話で起こしたのが今では懐かしい。

 そんな彼も、母親から店を譲ってもらってからは人が変わっていき、今では仕入れも仲卸だけでなく地方卸売市場からも直接買い付けるほどになり、ここ10年ほどは公私とも彼の方が大人になりきっており、子供のままのマスヲに彼がなにかと忠告してくれるほどだ。

 彼も僕の娘に以前から会いたがっていたので昨日、ふたりで来店することと花束を3束買うことを電話で伝えていたが、当時はGWと母の日が離れている場合はフラワーショップの売り上げが悪いということが業界内で一般的に言われていたので、母の日の前日と言っても娘にある程度花束にしてもらう花を選んでもらう余裕くらいはあるだろうと楽観していた。

 午前中は別の用事で出かけていたのだが、他のフラワーショップの前を通るたびに駐車場を気にしても、それほどの台数が止まってないので、今年はGWと母の日が最大に離れているので、マスヲの読み通りだなと思っていた。

 娘のスイミングスクールが終わり、彼の店に向かった。
 出発したのは16時30分ころだった。今日は天気がよくないせいで人があまり外に出ていないせいか、道に車が少なくて普段の半分ほどの時間で彼の店に着いた。

 すると、マスヲの予想は見事に外れていて店は大混雑だった。とても友人と話をする暇はなく、若い店員にこちらの要望を依頼すると、明日でもいいですかと言われる始末。
 仕方がないので、娘に妻と義母と自分の母親にそれぞれ作り置きしてあったアレンジフラワーを選ばせた。
 友人の奥さんが少し気を使った様子で、メッセージカードの置いてある場所を教えてくれて娘にメッセージをそれぞれに書いてもらったのを添えてもらった。

 友人と奥さんに今度またゆっくりと遊びにくることを伝えて店を出た。毎年、同じことを言っている気がするが、お互いに業種も違い、休みも違うので仕方がないのだが、そろそろ彼とは久しぶりにゆっくり飲みたいと今年こそは思っているのだが、来年も同じことを言っている気もする。

 事前に実家に娘と一緒に遊びに行くので、夕食の用意を母親に頼んでいたのだが、お店の滞在時間が予想より短くなったことや帰り道も空いていたこともあって、実家に着くのも予定よりも早くなってしまった。
 娘からアレンジフラワーを受け取ると喜んでいたが、予定より早すぎて夕食の準備ができていないと愚痴られた。

 仕方がないので、弟と彼がよくいく揚げ物専門の惣菜屋に串カツをマスヲと娘の3人で買いに行くことにした。
 むかしはそのあたりをマスヲも自転車でふらついていたが、現在は実家と二駅ほど離れた場所に居を構えていることもあり、行く道中や総菜屋近辺の変化を見ているだけでも飽きなかった。

 店に着いてお客が注文してから、惣菜をあげるので少々待たされることになった。
 その間、弟の友人の1人の離婚が決定したらしく、その養育費と慰謝料をやたらに強調していた。月に30万らしい。
 しかも、原因は弟の友人(旦那)側の浮気が原因で、その相手とさらに再婚する予定だという。
 独身の弟は最近特に結婚したがっているが、彼はどういう気持ちでわざわざマスヲと娘の前でそんな話をしたのだろうか。
 マスヲは何も言わずにただうなずいて聞いていただけだった。

 総菜屋から戻り、母親と弟と4人で食事をしたが娘が箸を置いたのは20時過ぎだったが、時間が過ぎるのが早く感じた。食後に亡くなった父親に仏壇で手を合わせても帰りたがらなかったが、マスヲの車までおんぶ抱っこをすることを条件に娘をなだめた。

 肩車をすることは会うたびにしているが、さすがに小学校2年になった娘をおんぶするのは久しぶりのせいもあってか思っていた以上に重く感じたし、幼少時に感じた彼女の臭いも変わっていると思った。

 帰り道に彼女は保育園時代にマスヲが送ってくれた思い出を語りだした。すると彼女はその保育園の前を通って欲しいと言われたので、遠回りになるがその通りにした。
 保育園の前まで来るとマスヲもなんとなく車を止めてしまった。
「何も見えないね、電気を点けて」と娘は言った。
 マスヲは車中灯をつけた。
「ブランコも見えない」娘はさびしそうだった。

 車をゆっくりと走らせ初めて、保育園前の裏道から幹線道路に出た。
「通っているスイミングスクールの場所を教えてあげる」娘は続けた。「少し遠回りになるけどいいでしょ」
 マスヲも了承した。

「このまま道のりで」、と彼女が『道なり』と言い間違えたのもかわいらしかった。
「道なり」と言うんだよとマスヲは優しく訂正した。
 車の運転しない人の道案内は、ドライバーにとっては分かりにくいのは普通だと思うのだが、しかも彼女がスイミングスクールに行く時間は日中で明るいせいもあるだろうが、明らかに何度も道を間違えた。
 こちらがナビで調べることを提案しても、ムキになって拒否をされたのも気になった。

 なんとなくワザとかもしれないとマスヲが思うようになると、切なくなってきた。
 何とか彼女の説明と自分も大体の場所を知っていたこともあり、スイミングスクールの前についた。
 スイミングスクールにはいくいくつもの駐車場があり、娘はそのすべてを回って案内従ったが、一方通行の都合もあることをマスヲが説明すると、残念がりながらも了承してくれた。

 娘を妻の実家に送り届けると21時を少し回っていた。娘を妻と義母が出迎えてくれたので、予定より少し遅れたことをマスヲは詫びた。
 本当は花束を買うことを想定していたのだが、友人の店が忙しくて娘が2人に対してアレンジフラワーを選んだこととメッセージカードを一生懸命書いていた様子だけを伝えると、ふたりともさらに気分が高揚しているようだった。

 それだけ伝えるとすぐにマスヲは帰宅した。その時のこちらの気持ちをその場にいた3人に知られたくなかったからかもしれない。
 帰宅してこの文章を書いていると娘との別居がはじまったころに娘に聞かれたことがあるセリフを思い出しながら。
 彼女はこちらを覗き込むようにそう言ったのだ。
「お父さんはひとりでさびしくないの?」