淡白マスヲのたんぱく宣言 

アラフィフのオッサンの雑記。夜遊び、芸能ネタ、日常的なことから社会的なことまでを、広く浅く、そして薄い視点で書くので気楽に読んでください。

低浮上の理由

 ここ最近はSNSで低浮上なだけでなく、blogの更新も滞りがち。
 言い訳ではないけれど、本業ではまっているからだ。
 一昔前の自分の業界の言葉で言い表すならば、デスマというやつだ。

 特に先週は残業ばかりしていた。
 一番、酷かったのは火曜日。というか日付が変わって1:30過ぎても作業していたので水曜日ということになる。
 こんなに働いたのは何時以来だろう。

今日のお散歩ショット。

 せめてものの救いはテレワークだったこと。
 オフィスに出勤していたら帰宅するのも大変なことになっていた。
 帰宅するのは公共交通機関が止まっている時間だったから。タクシーを利用しなければならなかったに違いない。
 サラリーマンだったら会社が負担してくれただろうが、今の自分はフリーランスなのでタクシー代金も自己負担になってしまう。
 だから、そんな時間まで作業させられたのだろうか。

 ちなみに、その日の朝に自分を酷使させたリーダーが遅刻。数年前の自分だったら、リーダーに対してどのような振る舞いをしたのかわからない。
 そう考えると、自分も随分と大人になったものだ。

 自分のように大人しいエンジニアばかりとは限らないので、仕事を一緒にするメンバーを傷つける可能性が低いのはテレワークのメリット。
 仕事で理不尽な目に合ってその辺のものを投げつけても、自分が居る部屋が散らかるだけだから。

 久しぶりに身を切るような働き方をして、再確認できたことがある。
 残業は全く意味がないこと。少なくとも自分がエンジニアとして作業する限り。
 労働時間が長くなるに従って集中力は下がり続けてミスは一気に増える。
 夕食後になると1+1を暗算するような簡単なことですら、怪しくなってくるからだ。
 法律で掲げられている8時間という時間は意味があることを改めて痛感した。

 だが、自分以外にそのことがわかっていない人が多くないのは残念なこと。
 それとも、わざと気がつかないフリをしているのかもしれない。

 金曜日の残業中に改めて、再来週までは残業と週末土日の作業を促された。それ以降は仕事量が減って楽になるから、と。
 もちろん、そんな片言を信じるほどアマチャンではない。きちんと書面として何か契約を交わしているわけではないし。
 実際、今日の午前中に作業をしていた際に確認したいことがあったのでリーダーにチャットで呼びかけたが、レスがなかったので、その時点で作業を止めた。
 明日も作業をする気はなくなったのは、当り前なことだろう。

 仕事やお金に関わることになると、誰しも簡単に嘘をつく。しかも、全く悪びれることもなく。
 仕事という言葉を振りかざせば何をしても許されると勘違いしているヤツらがあまりにも多いのは何故なのだろう?

 若いころと違って今の自分は明後日の理想よりも今日の現実に意味がある。
 未来に得ることができる大金よりも今の1円の方が大事だ。

 話は逸れるかもしれないけれど今、ある人にお金を貸している。
 高額ではないけれど、前年からなので相手が忘れていないかが気になっている。
 貸したお金をチャラにできるほど、自分の器は大きくないので。

今日の写真のモデルはmiki.さん。

ちょっとした

 今年は三連休が多いのだそうだ。
 今月の二回目の三連休もそろそろ終わり。
 夕食を食べたこともあってか眠くなってきた。
 朝寝ばかりか昼寝も満喫した一日だったのに、もう睡魔が襲ってきた。
 昨日は年甲斐もなく早朝から深夜まで動き回っていたからなのだろうか。

 昨朝は5時過ぎに起床。
 コンタクトレンズを装着し、前夜に作り置きしておいたおにぎりをラップで包んだ。出かけるための準備は万端。
 自分がコンタクトレンズを使用するのはカメラで写真を撮るときか、雪遊びをするときくらい。

 眼鏡をかけてカメラのファインダーをのぞくのは、どうも気になる。
 雪遊びのときは眼鏡をかけていると何かと都合が悪いからだ。
 コンタクトレンズに比べると眼鏡は視野がせまいし、使用できるゴーグルも限られてしまう。
 気象条件によっては曇ってしまう眼鏡。コンタクトレンズにはそんなことが起きないのもメリットだ。

 5時半を過ぎると友人の車が到着。友人の家族と一緒に雪遊びに行く約束をしていたからだ。
 その友人とは小学校から高校まで一緒で、昔からお互いの家族のことも知っている仲だ。

 そんな昔からの友人と久しぶりに会って助手席に座っていると、苦言を呈されてしまった。運転に気が散るので静かにして欲しいとのことだった。
 眠いのか疲れているのか、それとも両方なのかはわからなかったけれど、友人のテンションは明らかに低かったのは何故だろう。

 朝はテンションが低いからと言っていたが、修学旅行なども含めて何度も外泊したことがあったのに、そんなに朝が苦手だとは思っていなかった。
 歳とともに友人は朝に弱くなってきたのかもしれない。加齢による身体の変化は誰にでも訪れるものだから。多いか少ないかはあるだろうが。

 友人たちと向かった先はきそふくしまスキー場。スキーヤーオンリーのこのゲレンデに訪れたのは5年ぶり。
 スノーボードも楽しみたいので自分一人の場合は選択肢からはずれることが増えているからだろう。
 今回、このゲレンデを選んだのは友人の子供たちが他のゲレンデを嫌がっているからだった。
 父親に似て保守的なところあるのかもしれない。
hatehatehahaha.hatenablog.com
 ゲレンデにはリフト運行前に到着。
 着替えてからの数本は、自分一人で滑らせてもらった。
 先週襲った季節外れの暖かかった雨のダメージは思っていたよりも少なかった。
 コース幅や雪が薄かった箇所はあったが、コース最上部からベースまで滑ることはできた。
 久しぶりのゲレンデで雲海やダイヤモンドダストを見ることができたのはラッキーだった。

 運転してもらったのは楽だったけれど、小言を言われたこともあって、誰かと一緒にいるのはどこかで窮屈を感じていた。
 一人で好きなようにゲレンデを滑走するのは爽快だった。味わえた小さな自由。

昨日のお散歩ショット。

 一通りコースを楽しむとベースまで降りて友人たちと合流。その後は友人の一男一女とも一緒に滑った。
 滑り出した時に友人はゲレンデコンディションを気にしていたが、そんな中でも子供たちの成長を感じた。
 誰一人、怪我をすることがなかったのもよかった。

 昨日は14時過ぎにゲレンデを上がったが、それには理由があった。友人と自分は高校時代の友人たちとの新年会への参加の予定があったからだ。
 逆にその参加の予定があったからこそ、昨日は一緒にゲレンデに行くことにもなった。

 三連休の中日だったが、行きと同様に帰りも酷い渋滞に巻き込まれることなく帰宅。
 友人の車から降りて感じたのは気温。ゲレンデに比べると夕方でも名古屋は暖かだった。

 18時半の開宴には間に合ったが、シャワーや入浴して汗を流す時間はなかった。
 雑に荷物を片づけてから、コンタクトレンズを外して駅へ歩いていると途中で友人と合流した。
 少し眠そうではあったが、朝に比べると友人のテンションは低くはなかった。

 新年会の会場からの最寄りの駅は、あまり利用したことがない駅。
 改札口が何処にあるかもおぼろげだったが、友人も自分と似たようなものだったらしく、来た電車に対してはあまり思案せずに乗車した。

 新年会の会場には開宴の数分前に着。自分と友人が最後だったらしい。
 誰一人として遅刻しなかったことが、一緒に通っていた高校の校風を表わしていたような気もする。管理教育で有名だった学校がこんな所にも影響したのかもしれない。

 このメンバーでの集まりはコロナ後になってはじめて。
 互いに何かと変化はあったのだろうが、グラスを傾けて近況などを話していても変わったことはなかったような気がした。ただただ、平和な夜だった。

 朝も早かったし、一日中他人と一緒に居ることに張り詰めていたこともあったのだろう。すぐに酔いがまわってきた。
 二次会はなく、お開きになったあとは幹事をしてくれた友人の奥さんが送ってくれたのもうれしかった。
 彼女に送ってもらったのは、昨日で何回目になったのだろう。
 お酒のせいで記憶は曖昧だけれど、車中では皆同様にはしゃいでいたことだけはなんとなく覚えている。

 来年も同じように新年会が催されて、自分にも声がかけられて、誰一人として欠けることなく、また集まれるようにと、なんとなく思った。
 ちょっとした幸せを味わえた、ちょっぴり素敵な夜だった。

今日の写真のモデルはゆうかさん。

丁寧な暮らし

 子供のころは六人の家族の中で育った。
 しかも、そのころの実家は台所には土間があり、風呂とお手洗いが外にあった古い家。
 部屋と部屋の仕切りはふすまか簡素な扉があるだけで、家族それぞれがプライベートなスペースを持つことなんてできない家だった。
 そんな環境で育ったせいもあってか、自分はかなりがさつだ。
 デリカシーがないと言われたことも、一度や二度ではない。

 だが、そんな自分も結婚して少し変わった。
 外出するときにはハンカチがないと落ち着かなくなってしまったし、他人の家にお邪魔するときには靴と靴下を履いていくこともいつの間にか当り前になっている。

 ある芸能人が離婚しても結婚した相手によって自分のライフスタイルが大きく変わったと話していたのが印象に残っているし、自分も共感している。
 友人の影響も受けてはいるが、やっぱり一緒に暮らした相手からはより影響を受けるのは普通なのだろう。

 別れた妻は自分と違って閑静な住宅街で育った。地下鉄の駅ばかりかデパートまでも歩ける距離。
 いかにも羽振りが良さそうな暮らしをしているようにみえる家に囲まれている。
 自分と別れた後は、その家に戻って娘や両親と一緒に暮らしている。

 自分が育った家庭ではお茶は作り置き。夏でも冬でも麦茶をやかんで沸かしていた。
 喉が渇いたらガラスのコップで飲んだものだったが、そのコップは父が飲んだワンカップの空き瓶だった。

先週末のお散歩ショット。

 一緒に住んでいた祖父は上皇夫妻が成婚したときのマグカップをずっと愛用していた。
 そのマグカップを使って祖父は食後によくあることをしていた。総入れ歯をお茶の中に沈めていたのだ。
 そのお茶はごく普通に飲み干していた祖父。

 今となって思えば、あまり誉められたことではないとわかるけれど、そのころの自分にとってはごく見慣れていた光景だったので、何も感じることはなかった。
 いまだかつて、祖父のようなことを他人がしていることを見たことはない。
 祖父は誰かを真似てはじめたのだろうか。それとも、ある日に閃いたのだろうか。

 実はその話には後日談がある。
 祖母に先立たれた後の一時、祖父は実の娘の家族と一緒に住むことになった。
 自分から見たら叔母と叔父と二人の従姉妹がいる家庭に転がり込んだのだが、しばらくすると戻ってきた。

 その理由は叔母たちが入れ歯をお茶に沈めることに我慢がならなかったらしい。
 血の繋がりがあっても我慢できない振る舞いはあるらしい。

 娘から見たら、自分の我慢できない行動はあるのだろうか。
 とても丁寧な暮らしをしているとは言えないから。

今日の写真のモデルはるりかさん。

ストレスの影響

 一昨昨日の水曜日から体調を崩していた。
 仕事をしていたら急に気分が悪くなったので定時よりも数分早く作業を切り上げてベッドに潜り込んだ水曜日。
 それでも、身体は重くなるばかりだった。
 下痢と嘔吐がはじまると足先や指先に冷たさを覚え、嫌な汗が出てきた。
 微熱程度だった体温はすぐに38度をオーバー。38度を超えたのは流行病にかかって以来だった。

 翌日の木曜日も体調が優れないので仕事を休んだ。仕事のことを考えなくてよいだけでも気持ちが少し楽になった気がした。
 このくらいのころから、今回の体調不良はストレスが積み重なっていたことが原因だったような気がしてきた。
 仕事を休んで静養して家にある薬を飲んでいたら、トイレにかけこむ回数は減ったし、体温も下がってきた。
 新型コロナやインフルエンザよりは症状は軽かったはずなのだが、歳のせいか気持ちは萎えてしまった。

 まだまだ本調子ではなかったものの、昨朝からは仕事に復帰。
 テレワークでなかったら昨日も休んだだろう。通勤だけだって病人には堪える。
 キーボードを叩く手は気怠かったし、集中力だってさっぱりだった。
 それでも仕事をしてしまうなんて、変なところで生真面目な自分。

今日の朝食。ブロッコリーのペペロンチーノ。

 せっかくの休日だった今日、ストレスを少しでも解消するために目覚めがよかったら雪遊びに出かけようと考えていたが駄目だった。
 車に雪遊びの道具を積み込んではいたものの、ベッドから出ることができたのは9時過ぎ。
 起きても頭はぼんやりするし、まだまだ身体はすっきりとはしない。

 先ほど、玄関を見たらスノーボードのブーツがあった。自分としては車に積み込んだつもりだったのに忘れていたようだ。
 こんな集中力なので、無理して出かけなくてよかった。
 せめて、今日くらいはのんびりとしたいが、食材などをスーパーまで買いに行かなくてはならない。
 体調が良くても悪くても独り身だから、自分の世話は自分でするしかないからだ。

 今回の体調不良では今後の生き方についてちょっぴり考えさせられた。歳を取っても独りで暮らし続けるかどうかを。

 だが、今さら誰かと暮らすことは、どうしてもリアリティを感じられない。
 ワガママで貧しい自分と暮らしてくれる相手だって、ほとんどいないだろう。

 とりあえず今、できることより体調に気をつけること。
 そのためにもできるだけ、ストレスを近づけないようにしたいものだ。
 今の自分にとってのストレスは確定申告と四月からの講師の仕事の準備。

 昨年と違って今の段階で請けている講師の授業数は倍以上。担当する授業の内容も昨年よりも多い。
 独習も必要だし、オンラインでの講習やeラーニングも昨年以上の受講が必要なのも自分の心を重くさせている。

 やっぱり、三月は今の仕事を断ればよかった。仕事をしながら次の仕事の準備ができるほどに、自分が器用ではないことを自分でわかっているはずなのに。

今日の写真のモデルは、初めましてのsaikaさん。

無難な話題

 今年度も終わりが見えてきた。
 そのことに気がついたのは金曜日の夜。町内の夜回りに行くか迷っていた時だった。

 先週は毎日、定時時刻前から仕事をしているらしくない日々。もちろん、ポーズばかりだが、いつもよりも仕事をしているフリをする時間が長かったこともあって、いろいろなことに対してどうしても後ろ向きになりがちだった。

 膝を怪我していることを口実に夜回りをサボることが頭をよぎったが、結局は参加した。今年度の夜回りはあと二回しかないことに気がついたからだ。
 来月の第二金曜日の夜が悪天だったら、その夜が今年度最後の夜回りになってしまうと思えたからだ。

 先月の一月は寒い夜だったこともあって、夜回りに参加したメンバーは三人だけ。
 今月はなんと六人が参加、女性が二人居たことも新鮮だった。
 夜回りの後半、足が少し痛くなってきたけれど歩ききった。

今日のお散歩ショット。

 夜回りの最中はいつも、メンバー同士で無難な話をしながら歩いている。
 高齢者が多いので、何度も同じ話をする人が多いのは仕方がない。ただ、はじめて聞いた時でさえ、つまらない話が多々あるのが気になってしまうだけだ。
 他人に話しても無難なことは、どうしてもそういう傾向になりがちなのだろう。
 過激だったり、刺激的な話題というのはどうしても話す相手が選ばれてしまう。

 夜回りの中心メンバーは元町内会長と元町内副会長。二人とも80代だがまだまだ元気。
 両者に共通する点はいくつかあるが、一つだけ挙げると外食が好きなこと。
 近所に新しい店がオープンすると、早めに来店して情報を教えてくれる。
 堅実な暮らしぶりのようだが、それなりには奥さんと一緒に外での食事も楽しんでいるのが感じられる。

 先月の後半、近所にまたラーメン屋が開店。本当にまただ。
 自分が今の地に住み始めたころ、歩いて行ける範囲にはラーメン屋は一件もなかった。
 それが、ここ数年で一変した。流行病の影響もあっただろうが今は4軒。その中にはかつて自分がバイトしていた店は入っていない。自転車だったら無理はないが、歩いて行くには少し遠いからだ。

 新しくできたラーメン店のことを話題に出すと、副会長がすぐにレスポンス。副会長は足を運んだことはないようだが、彼の娘夫婦の情報によると高いとのことだった。
 名古屋弁かもしれないので、追記すると支払った食事代金が高価だったということ。

 彼はいつも美味いか不味いかを主観で話してくれるのだが、それ以外の視点だったのはおそらくはじめて。
 そのせいか、どうしようもなくその店のことが気になってしまって、昨日の夜に自分は突撃。
 自分が来店した感想は副会長が話してくれたことと同じになってしまった。

 シンプルなラーメンとライス、そして替え玉を注文したのだが代金は1,100円。
 ラーメン屋に一人で来店して1,000円を越えてしまうと、味を評価する気分が起きなくなってしまう。
 そんな自分は貧乏性なのだろうか。

今日の写真のモデルは香月楓さん。